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「三、忘れた心と見なかった顔」の詳細記事: 彩

創作小説を掲載するブログです。 幻想世界を基本に書いていきます。

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三、忘れた心と見なかった顔


 降り注ぐ光を凝縮して、空へと一筋の光を描いている天窓が、見えてきた。
 いつ見ても不思議だと、コウは思った。
 村の家にも窓はあるけどそれは壁の一部を開閉できるようにしただけのもので、透明な光を弾く窓があるのは自分の家だけだった。天窓から離れた梁には、光が凝縮する不思議な丸い板が掛かっている。それは太陽が在る刻には光の筋を空に描き、闇に染まる刻にその板の前に灯火を置くと、遠くまで火の輝きを届ける。その灯火は、闇を怖れず外へと出歩くカヤを家へ導く大切な光となっていた。
「あれが、オレの家」
「………」
「ヒゲツ?」
 返ってこない答えに振り向くと、先を進んでいた自分とヒゲツの間が思った以上ひらいていた。ヒゲツは、離れた所に佇み、一点を凝視している。
 視線を、追う。
 見えるのは、自分の家だ。
「ヒゲツ、どうしたの?」
「………いや」
 ヒゲツは口元を掌で覆い、何か考えていたが「何でもない」とコウとの距離を縮めた。眉間にはまだ力がはいっていたけれど、コウは囲いの合わせを外して、ヒゲツを家へと招いた。
 ふと、コウは足を止めた。
「どうした?」
 今度はヒゲツが声をかけてきた。
「うん、なんだか―――ううん。 いいや」
 日当たりのよいところで、粉の実を育てている。手間を必要とせず、充分な陽の光と水で大きく育ち、たくさんの実をつける。小さな実だけれど、粉にして水でこねていくと立派な食べ物になる。湖に近寄ろうとせず、湖からの恵みを口にするのを好まないカヤにとって重要な食材。二人で大切に育てていた。手間をかけなくても育つが、周りに雑草が多いと、空の実をつけることがあるのでこまめに草抜きをし、互いの葉が日差しを遮らないよう手入れをしていた。
    もう、七日たっているのに……きれいだ、ぞ…………?
 カヤを探そうとリンへと入って、それから戻ってきてない。杜を横切らなければならないココには、村人は近づこうとしない。
 小首を傾げながら戸口を開け、コウは家屋へ入っていった。
「え……」
 開け放った戸と天窓から注がれる光で室内の様子を確認したコウは、しばらくぼぉっと佇ずむ。
「あ、れ………片付いている」
 滅茶苦茶だった室内が、綺麗になっていた。割れた器は破片を残さず清められ、床に散らばっていた小物や作業具はもとあった場所にあった。倒されて傷んでいた家具は修理されている。
「え……」
 綺麗に片付けられた室内に落ちてくる光を辿って天窓を見ると、天窓の縁に備えられた筒に花が生けてあるのが見えた。
 天窓の縁に筒を取り付け、花を一輪添えていたカヤ。
「………」
 瑞々しい花が、筒に生けられている。
 コウは、片付け忘れた梯子をぼぉっと見た。
 自分とカヤは、階段を使って二階や梁に渡る。でも、身体が大きい為それを使えない人物がいた。時々、カヤに頼まれて天窓の縁に花を挿していた。
「この、梯子を使って……………」
 梯子を使うのは、ただ一人だ。この家によく来てくれた。
    フィユー、だ……
 コウは唇を微かに動かした。
 漁に携わることないカヤには、仲間がいない。時間を共有する者がいないカヤは独りでいた。
 一人で、どこかにいってしまうカヤ。
 自分はそれが怖くて堪らなかった。 
 もう、帰ってこないのではないかと………怯えていた。でも、フィユーが自分達とかかわりを持ってくれた時から、カヤは目に見えて明るくなっていった。
「フィユーは、…………」
 フィユーはどんな人間だった――――――と、天窓の縁にある鮮やかな彩を見て、コウは考えた。

 初めて会ったのは、村で仲間にからかわれていたフィユーだった。水見のオリじい様のもとでいろいろと学び、やっと湖の仕事をこなせることができるようになった頃に会った。
「坊!」
 オリが、喉の奥が見えるまで大きく口を開いてコウを呼んだ。
「はい、オリじい様」
 日干ししてカラカラに乾いた草をしまっていたコウは作業の手を止め返事をする。オリは、顎をなでながら「手はとめんな」と言うので、コウは手を動かしながらオリの言葉に耳を傾けた。水に入れると魚が痺れる匂いをだすという草は、傷口にあててしまうと痺れが生まれ、しばらく身動きが取れなくなってしまう。葉は鋭く、茎と葉の繋ぎ目に小さな棘がある。それに傷つけられると、身体が痙攣しそのまま意識をなくして戻らなくなることもある、危険なもの。慎重に作業を進め、且つ老人の言葉を聞き逃さないよう心を傾ける。
「おめー、いくつになったか?」
 小さな目を細めて、オリはコウを手の動きをおった。
「十つに、なった………」
 慎重に草を取り入れると、今度はそれを布に包んでいく。ある程度の量を布に移すと包み込んで、木棒で細かく叩いていく。
 トントントン、木棒が床とぶつかる音と、乾燥した草が砕けていく音が耳を打つ。
 この草は、〝鬼の落し草〟といわれる。鬼という名がつくものは、村で忌諱されている証。〝鬼の落し草〟も見つけたら避けて通り、決められた時に必要な分だけを取ると、焼き払われる。けれど、恐れられているが漁では欠かせないものだった。年に一度だけ、湖の流れが変わる。その流れを見極め、粉にした〝鬼の落し草〟を流すと、二日は食べるに困らない魚が取れる。中には臓腑が薬となったり、装飾として使用できるほどに大物な魚と、食する以外の湖の恵みを得る為に必要不可欠だった。
 トントントン、木棒が〝鬼の落し草〟を満遍なく叩き、細かな粉になるよう注意を払いながら手を動かす。
「そが、十つか。おれのとこきて、三つの年を過ごしたか」
 ふぅっと、オリが大きく息を吐く。
「魚のこと、漁の仕方、網や腰籠の作り方」
  トントン、トントン、
 オリの言葉をちゃんと拾えるようむけていた心が、鈍くなっていく。
「子供らが親から学ぶことは覚えた。もう教えることない」
 オリは、コウの手つきに満足そうに頷く。
「あとは、おめーでやれ」
「……!」
 言われたことに、見離されたと思ったコウは布を押さえる力加減を間違え、ぼろぼろと粉を床に撒き散らした。
「あっ、あ……」
 コウは慌てて手元へ集中したが、オリの言葉の衝撃はなかなか去らず、手を震わせた。
 涙を滲ませるコウの横顔を見て、かかかかとオリは肩を揺らした。
「心配すっな。おめーは筋がいい、やってけるが」
 開きすぎた口を押さえて、軽く咳をする。
「カヤと二人、最初はどうなるかと思った………けど、おめーはよく学ぶ」
 俯くコウにちゃんと言葉が届くよう、オリは言う。
「たった一人の家族。おめー、ねね様守ってよく頑張ったな。大人になるにはまだまだだがぁ、大丈夫ださ」
 オリは、よいせと腰をあげる。
「それが終ったら、湖にいく。早せ」
 オリに言われて、手が止まっていたことに気づいたコウは慌てて動かした。先程に比べて木棒が床を叩く音が大きくなったが、その事に気づくことは出来なかった。
「なーにも、一人でなんとかしろと言ってないぞ」
 コウを連れて湖へと向う途中、オリは苦笑しながら言った。少し後ろを歩く子供はまるでこれから贄にされるような顔してついて来るものだから、さすがにオリも優しく声をかけた。
 道すがら、これから会う者達について語る。
「これから会うのは、大事にせんといかんモンだ」
 仲間は湖からの恵みを得るために助け合う者達のことで同じ年頃の者で結成される。家族とは別に、この村で一緒に生き、欠かせない存在である。ましてや親のいないお前にとって何にも代えがたいものになると、教えてくれた。
 オリの話を聞いて、自分とカヤが生きていく上で必要な繋がりとなると思った。だから、自分は村にいるときは仲間達と一緒に行動した。
「新入りか、お前?」
 そう、声をかけてくれた子はトギシュと名乗った。
「あ、うん………そうな、の」
「なんだァ、弱々しい喋りすんなよ」
「……ッ」
 その時―――自分は、怯えていたと思う。
 村から離れたところに家を持つ自分は話す相手がいなく、自分とカヤを気にかけてくれる大人としか話をしたことがなかった。それも限られていて、遠慮のない率直な言葉は初めて聞いたのだ。
 嫌われたと、思った。
「おら、来いよ」 
 でも、トギシュは躊躇いもなく自分の腕を掴んで仲間の輪に連れていった。
「おーー、見ない顔だなぁ。誰だよ、トギシュ」
「新しいヤツだよ、ホラ」
 ドンと、背中を押された。その勢いで二歩足が進み、輪の中心に立つことになった。
 じぃっと、自分を見てくる目。
「あ……」
 自分を見てくる、目。
 ぎらぎらと、光るのは…………光るのは、何。
 ぐらり、視界が揺らいで――――――倒れると、思った。
 初めて場でそんなことしたら、飽きられて馬鹿にされる。でも、自分を見てくる目に耐えられなくて、目が回った。
    倒れる……
 わぁっと、声があがった。
 自分のことを囃したてる声だと思ったけれど、彼らは別の方向を見ていた。流れる汗を拭ってそちらを見ると、大きい人影が寝そべっているのが見えた。
「どーしたんだよ」
 トギシュが、仲間の肩にもたれながらその人影を見下ろす。
「それがよー、フィユーがいきなり倒れこんでよ。訳判らん」
 十数人の子供に囲まれている、大きな子供。
「お前、こうなるなよ」
「えっ、うん……?」
 何を言われたかわからなかったけれど、咄嗟に頷いた。
「こいつ……フィユーって言うんだけど、何言ってるか全然わからんし、トロいんだよ」
「馬鹿力だから、魚はたくさんとるんだけどよーー」
 茶々をいれた仲間の頭をコツいて、別の子供が言う。
「力があればいいってもんじゃ、ないわ」
「そうそう。特に釣り上げは舵取りとの息を合わせる必要があるのに、フィユーのヤツ力任せに網をひっぱて船から落っこちてよォ」
「魚は逃げちまうし、でかい図体は引き上げるのが面倒で、散々だった」
 舌打ちをして背中を蹴られたのが、初めて見るフィユーだった。
 大きいな……と、思った。誰よりも大きくてしっかりした身体を持っているのに、ぞんざいに扱われていることが不思議だった。
 でも、みんな笑ってたし、フィユーも笑っていたから………自分も、笑った。
 仲間の笑いとは違う笑いを浮かべるフィユーが身体を起こすと、小さな花が咲いているのが見えた。フィユーが伏していた回りにはたくさんの足跡があって……………子供らが話しに熱中したままだったら簡単に踏み潰されていただろう。
「………」
 花びら一つ欠けることなく咲いている花を嬉しそうに見るフィユーを、コウはまばたきを忘れて見ていたが「お前。早く名前を教えろよ」と言われて、目を逸らした。
 そうして仲間と一緒に過ごすことが多くなって、でもフィユーと直接話をすることはなかった。話をしようとも思わなかった。最初はふざけているのかと思ったけど、フィユーは言葉を理解していなかった。だから、遠巻きに見ているだけだった。
    いつ、から………?
 フィユーと関わるようになったのは――――――コウは、記憶を探っていく。
 カヤが、帰ってこなかった日があった。
 天窓に光を灯しても、戻ってこなかった。
 闇の色彩(いろ)が深まり、影すらも呑み込まれてしまう刻になっても帰ってこなかった。
 不安に、何も考えられなくなってなかなか開かない戸口を蹴り倒し、カヤを探しに行こうとしたら………フィユーが、立っていた。
「な……」
 大きな身体が、闇の中にある。
「なん……だよ。 何か、ようか」
 仲間の威勢を見よう見まねで行う自分の前で、フィユーが膝をついた。
「おぉ……れ、みーーて。 だかァら、来………」
「何?」
 何を言っているか、わからない。
 こんなことしている場合じゃないのに………苛立ち、コウは怒鳴った。
「五月蝿い!」
 フィユーは、大きな目をさらに大きく開いて、コウを見た。
 綺麗な目だった。それがまた無性に腹立たしく思えた。
「カヤを探しにいくんだ。邪魔するなっ」
 フィユーは、駆け出そうとする自分の手を掴んだ。
「きけ、ん………」
 カッと、血が頭に上った。
「わかってるよ!鬼に会うより、獣に喰われるほうが先だろうなっ でも、カヤが帰らないんだから」
 はなせ、とフィユーの腕を思いっきり抓った。
「うぁ…」
 ひるんだ隙を見て、大きな身体を乗り越えてやろうと思ったのに、フィユーは手を離さなかった。
「こ、この……っ」
「ココ、ぉーーんな。い……ちゃ」
「何、言ってんだよ!」
「ココ、ココ」
「何、言って………」  
 その時、フィユーの片手が後ろに回ったままだということに気づいた。
 フィユーは、背中に何かをおぶっていた。
「お前―――」
 暴れなくなった自分にフィユーは嬉しそうに笑った。
 笑顔――――それだけで構成された顔だった。
「………」  
 そんな表情を作れるのだと、驚く。
「ココ、ココ」
 何を言っているかわからなかったけど、言いたいことはわかった。
 フィユーの背中へ回ると、カヤがいた。
「カヤ……」
 抜けていく力と一緒にカヤの名がでていった。カヤは小さく身じろぐだけで、すやすや眠り続けている。
「カヤ……」
 暢気だなぁと、張り詰めていた神経を緩めると、涙が滲んだ。
 温かいカヤの手を握ると、カヤが軽く握り返してくる。身じろいだカヤの息がフィユーの耳を擽り「う、ひゃあ」とフィユーは飛びあがって驚いた。
 コウは、改めてフィユーを見た。
 カヤが吐き出す息が耳にかかるたびに、はしゃぐフィユー。
「お前―――あっ、いや。………フィユー」
「そーそー、…でぃ、ふぃーーゆ、うう」
 自分の名もうまく言えないフィユーに、コウは眉根がよったが、聞きたいという思いに負けて、相手の調子に合わせた。
「怖くなかったのか。ココに来るの」
 村から離れたところにある自分の家。村からココに来るまでにある杜は、眠っている者達がいるから、不用意に近づいて起してはいけないと、皆近づかない。
「怖く、ないか………ココは」
「こ、わーーーいぃ? ここ、家。家でーーカヤ、ここ」
 フィユーの言葉は、何を伝えたいのか解らなかった。でも、疎むような仕種は何一つしないで、今ココにいる。
「………寄ってく?」
 小さく言うコウに、フィユーは満面に笑みを浮かべて頷いた。
 それをきっかけに、フィユーは家に来るようになった。
 フィユーは、自分達のことを気にかけてくれていた。
 村で忌避されることを怖がらずに、まるで挑むようにあちらこちらへと行くカヤと、笑って遊んでいた。
 村で仲間といるときと、家でカヤといるときと態度が違う自分に優しかった。
 フィユーは、いつもいつも笑っていた。
 フィユーについて考えると、楽しそうに笑う姿がいくつも浮かぶ。そして、はしゃぐカヤと穏やかな自分が一緒にいる。
 ずっとずっと、見てきたことなのに。感じていたことなのに。今、初めて知ったようだった。
「あ、……オレは――――」
 フィユーだって、悲しかったはずだ。
 カヤがいなくなって、悲しかったはずだ。
    なのに、自分のことを―――
 コウは、天窓から降り注ぐ光を見た。
    自分の……自分だけのことを考えていた。
「オレ……」
 思わず握り締めた拳で、梯子を叩く。
「コウ?」
「何でもない」
 コウは梯子に寄りかかって顔を見せなかったが、ヒゲツは深く聞くことはせず、別の疑念を口にした。
「コウ、もしかして二階は冊子が納められているのではないか?」
「そうだよ」
 ヒゲツが冊子というものを知っている事に驚いたが、村で不思議がられる自分の言動をあたりまえとして受け止めるから、ヒゲツは知っているものだと思って、コウは階段を指差した。
「読めないけど、カヤが虫干しして傷まないようにしてた」
「見ても、構わないか?」
「オレ、でかけるから好きにしてて」
 村に行こうと、コウは出口にかけた。
「平気か?」
 戸口にかけた手が、止まる。
「………」
 ヒゲツの言っているのは本調子でない自分の身体を気遣っての言葉ではない。村に帰ることを拒んでいた自分の心を指して言ったのだ。
 コウは、一つ息をした。
「うん、皆に会っておきたい」
 フィユーにだけは、ちゃんと――――――自分が村をでることを言いたかった。
「最後だから、ちゃんと」
「そうか」
 コウは笑って「いってくる」と、戸口を開けて走っていった。













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