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「 翁媼 - 四」の詳細記事: 彩

創作小説を掲載するブログです。 幻想世界を基本に書いていきます。

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翁媼 - 四


 朝霧に包まれるリンに、高らかな音が響き渡る。
 木霊する音を聞きながら木刀を持ち直したら、切っ先が幹にあたり、乾いた音を発した。
「しまっ――」
 迂闊さを後悔しても遅い。鋭い一振りが身を潜めていた自分を襲ってくる。咄嗟に仰け反り、刃筋から胸部を逸らすと、体勢を立て直した。
 無意識に動いた身体の状態を確認しながら、対峙するセシュンの動向を窺う。
 ここは、最初に稽古を始めた場所と違って足場はしっかりしている。身を隠す木立や繁みが多いから攻め方次第で、自分が勝つことができる。
 コウは足裏に力を込め、間合いをつめていくと、勢いよく踏み込んだ。
 真横から切り上げるように仕掛けるが防がれ、弾かれる。
 木刀のぶつかりあう音がリンに木霊する。
 仕掛けた刀が弾かれても、反動を利用して刃の軌道を変え、身体を動かし、コウはもう一度仕掛けた。
 その素早い判断に、セシュンは受け流すのを諦め、受け止めた。
 衝撃音と振動が空気を震わせる。
 じん、と痺れが腕を伝ってきたけど、それは次に繋げるための刺激になる。柄を握り込む手にさらに力を入れようと、コウは身体を前のめりにした。
「待て」
 セシュンがコウの手を摑み、骨と骨の繋ぎ目に指の腹を押し付け少し捻ったら、コウの手から木刀が滑り落ちた。
「う…、え?」
 セシュンの行動にも驚いたが、あまりにも簡単に、自分の意志とは関係なく力が無くなってしまってコウは何度もまばたいた。
 目を白黒させるコウの手を離し、セシュンは「木の柔和さが、今の芸当を可能にした」と言った。刃を持たぬから、どんな時でも攻撃する姿勢が持てるのだと、ぶぅんと木刀で空を切る。
「次を算段して攻撃をしかけるのはやめよ」
 風が鳴ったかと思ったら、首筋に木刀が触れていた。
「一瞬で……最初の一振りで決めるつもりで仕掛ける。その意気込みが大切だ。何よりも、必要なのだ」
 食い込むよう木刀をあてられ、コウは背筋が凍るのを感じた。
 ――もし、これが刀だったら……。
 首筋に触れる木刀から逃げるように離れると、落ちた木刀を拾い、そのまま構えた。先程感じた怯えを封じるようにセシュンを睨む。
「だいぶ、身体を動かせるようになった。あとは、気構えだ」
 コウの眼光を受け止め、セシュンは木刀を構えた。
「今の、その気持ちを忘れるな」
 コウの眼光を弾き返すよう構えられた木刀が、コウに襲い掛かる。
 何度も攻撃を繰り返したけれど、受け流されるか止められ、セシュンに木刀が届くことはなかった。
 撃ち込む事に囚われ、力んで動きが固くなったと、セシュンに休憩をとるよう言われる。
 身体についた土埃と枯葉を掃いながら、自分の至らなさに落ち込んでいるとセシュンが声をかけてきた。
「コウよ。あの刀を、揮うのか」
 言われたコトの意味をよく考え、「必要なら」とコウは答える。
「貴方もそのつもりで、扱い方を教えてくれる」
「……そうだ」
 だが――と、セシュンはコウを見据える。
 真っ直ぐ、自分に向けられる真摯さにコウはセシュンと向き合った。じっと、見据えられる。
「刀は、物事を大きく変えてしまうチカラだ。チカラは様々な姿形となって在るが……武具と成ったチカラは、命そのものを損ねる」
 その眼差しの強さに、コウは怯んだ。
「覚えておけ。チカラを持つということは、己を少しずつ殺していくことだ。だが……刀の封印を切る瞬間(とき)、己が生きることのみ考えよ」
 セシュンの気魄に、コウはビリビリと、何かが肌の表面を走っていくのを感じた。息をするのを忘れて力強く言われるコトに耳を傾ける。
「生きることを、思え。それだけを強く思え」
 揺らぐことなく言われる言葉に、コウは頷く。
「その時を迎えぬことを願うがな……」
 その言葉を口にした時のセシュンの表情に、コウはフサを思い出した。セシュンが自分を否定するようになったと言った、フサの淋しそうな顔が……。
「どうして、ですか?」
「何がだ」
「アナタは刀を揮うことを自らに課したと聞きました。なのに、どうして……そんな風に言うのか、わからない」
 コウの澄んだ目を見て、セシュンは顎鬚を撫でた。
「シュンナは、息子だ」
「え…」
 稽古の最中に言われた名。セシュンからまた聞くとは思わなかった。
「戦でなくした。もう一人、サジュンがいた」
 刀だけ限らずいろいろな武具の扱いに長け、胸をはって戦に赴いたと、フサと同じように二人のことを話した。
「息子達が帰らなくなっても……儂は武者として役目を果たした。それが、息子達への弔いと己に言い聞かせて、ひたすらに立ち向かう相手を斬りふしてきた。だがな――息子達と同じ年頃の者を斬って……」
 セシュンは片手で目を覆い、俯いた。
「その時、息子を斬ったと思った」
 しばらく押し黙った後、セシュンは、ぽつりと言った。
「まだまだ、これから生きていくはずの、幼さを残す者の最期の息遣いを耳にして、儂は初めて自分の持つ刀の重さを知った」
 顔をだした太陽が、朝霧に濡れるリンを照らす。きらきら、きらきら、光が踊る。木刀が、刀そのもののようだった。木から形どったものなのに、朝露に濡れて光をはじく木刀が刃を持つ刀に見えて、思わずコウは目を背けた。
 美しいとさえ思える刀の煌きは、人を傷つけるというコトを思い出した。
「武者としての務めを、疑ったことはない……一度もな。だが、もう刀を持つことができなくなってしまった」
 傍らに置いた木刀をじっと見つめる。
「武者として刀を揮い、散っていった息子達の、生まれ育った地を護りたいと語っていた息子達の心を無にせぬと誓ったのに……怖くなった」
 人の命を絶ってしまうチカラが、とセシュンは深く息を吐いた。
「息子達にしてやれぬことが何一つなくなった。それでも儂は、泣けなんだ」
 セシュンは、苦笑する。
「一粒の涙を流さぬ父親を持って、さぞ悔しいだろうよ」
「……」
 泣いていると、思った。目を細め、遠くを見つめるセシュンの背中は物憂げで、自分と立ち向かった姿からは想像できないほどに儚くて、きらきら輝くリンに呑み込まれてしまいそうな淡い輪郭だった。。
『ただ……傍にいることが優しさとなって相手を癒すのです』
 フサの言葉が、よぎる。
『そう、信じています』
 この先何があろうと、生きている限りついていくのだと笑ったフサ。
 その時浮かべた表情を思い出す。淋しそうだけれど、とても優しくて……言い表すのが難しい顔で、フサは言ったのだ。
「貴方は、父親です」
 気づけば、そう言っていた。どうしてそんなことを言ったのか困惑していると、悲愴にに沈むセシュンと目が合って、思わず声を張り上げた。
「貴方がどう思っても、父親です。……子供にとって、唯一の」
 セシュンは瞠目し、しばらく押し黙った。そして、息を吐き出しながら一言、呟いた。
「そうか……」
 生まれたばかりの光の中、セシュンが幽かに笑ったのが見えた。
 セシュンの、その表情に――コウはあたたかさが沁みていくのを感じた。勢いで言ってしまったことに後悔したけど、でもフサと同じ表情を浮かべたセシュンは優しい人だと、そう思った。









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