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「燈 - 一」の詳細記事: 彩

創作小説を掲載するブログです。 幻想世界を基本に書いていきます。

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燈 - 一


「……すごい」
 その言葉しか、でてこない。
 道行く人の、その多さに驚き、圧倒されてコウは呆然と佇んだ。
 いくつもの坂を歩き続けた。そして傾斜が少しずつ緩くなると空を覆う緑も薄くなり、少しずつ風景が変わっていった。
 土を耕す人達を見た時、緑の領域を抜けたのだとわかった。
 行く手を邪魔した木々は遠くに群がっていて、広げた大地に踏み固められた土が筋になって伸びている。
 どこに続いているかわからない道。けれど、進むしかないと、踏み出す。どこに行けばいいかわからない。だから、ひたすらに歩いた。歩いて、歩いて、そして自分と同じように歩く人影があることに気づいた。
 ぽつりぽつりとだった人影が、進むごとに増え、気づけば人影の進む方へと曳かれるように歩き、たくさんの人がひしめきあうこの場所へ着いた。
「周りが、よく見えない」
 ひしめきあう人間が壁になっている。忙しなく動くたくさんの足が土埃を巻き上げ、もうもうと空に向かって立ち上がっている。それがよけいに視界を悪くする。
 身体を押され、コウは倒れそうになる。どこともなく現れる人が押してきて、足をとめていられない。
 周りが黄ばんで見えるほどの土埃に、口の中がざらつく。
 ドン、と誰かとぶつかり衝撃によろめく。ひしめく人、人人人。
 慣れぬ空気に、どう息をすればいいのかわからなくて、口元を何度も拭っていると――視界の片隅で動いたものに、コウは目を剥く。
 ――あれ、は……。
 足が止まり、誰かと肩がぶつかって怒鳴られたが、聞こえなかった。たくさんの、人。見たことのない人の集まりの中で、一つだけはっきりと捉えることができる影。
 ――あの箱、あの箱だ!
 間違えるはずない。
 リャンがつめられた。
 人間をつめこめるだけの大きさと頑丈さがある箱は、よく目立つ。
「待――」
 箱を背負う影が、人の波に呑まれていく。
「待て!」
 行く手を遮る人を掻き分ける。押されたり押し返したり、力任せに進み、カゴを背負う影を追う。
「どいて、どけって……!」
 迫ってくる人、人人人――カゴを背負う影との距離は縮まることなく、やがて人込みにまぎれていった。
「…あ」
 見失ってしまった。
 ――見つけた、のに。
 手がかりを、カヤを見つけるための手がかりだったのに、見失ってしまった。
 一気に力が抜けて、佇んでいると強く肩がひかれて、よろける。
「おい、ボウズ!」
 首周りの衣服をつかんで、顔半分を髭で覆った男が顔を近づけてきた。
 突然のことに目を見開いたコウに、威嚇するよう歯を見せた男の息が、頬にかかる。
「ココは、お前にははぇよ」
 男が辺りを見回した後、にたりと不揃いの歯をむき出して笑った。
「え…」
 何を言われたのかわからず、やけに近くにある男の顔を困惑して見ていると、二の腕を撫でられた。
 息を呑んで触れてくる手を辿ると、細身の男がへぇっとため息混じりの声をだすのが聞こえる。
「餓鬼とはいえ、結構鍛えてんな」
 無遠慮に触れてくる手。
 ねっとり、掌を押し付けるようにして触れる男は、嘗め回すように見てきて、背筋に冷たいものが走った。
「……っ」
 反射的に動かした手が、髭面の男のこめかみを叩き、手が離れた。首の圧迫が無くなったと同時に腕を撫でまわす細身の男の鼻柱に拳をいれた。
 蹲る男らを横目に、コウは駆け出す。
 がなる声が聞こえたが、周りの騒々しさにすぐ聞こえなくなった。身体を走った悪寒を振り払いたくて走り続け、息が乱れ苦しくなった頃、ようやく足を止めた。
 息を整え、顔をあげ――目の前に広がる光景に、コウは乱れた息を整えることも忘れて、あんぐりと口を開けた。
 周りは、とても明るかった。
 太陽が沈み始め、影との境がわからなっているはずなのに、ココは眩しいほど、明るい。一定間隔に灯されている火が爛々と光を生み、見たことのない光景を浮かび上がらせる。
 ひしめきあう人はさっきより多い。けれど、夜闇に包まれるはずの刻があまりにも賑やかで、コウは夢見心地の思いで辺りを見渡す。
 篝火に照らされる家々の前には鮮やかな衣服を纏った女の人達が道行く男に声をかけている。
 ゆらめく火の光に照らされる家々の中にも、見たことのない彩りを纏った女の人達がいる。その一人と、目が合った。
 目の下に赤い色彩(いろ)をひいた女の人。
 すぅっと細められた目に浮んだ光に、何故だろうか。背筋を走った衝撃に、コウは逃げるように歩き出した。
 真っ暗なはずの夜を照らす灯りに目が眩む。振り切るように足を進めたら――――。
「コウ!」
 名を、呼ばれた。
 コウは、足を止める。
 名を、呼ばれた。確かに……呼ばれた。
 荒い息が耳を擽って、うるさい。けど、確かに聞こえた。
 こんなところで、自分の名を言う人はいない。いるわけない。
 そう否定しても、足が縫い付けられたように動かなくなった。その場に立ち尽くすコウの顔を、篝火が浮かびあがらせる。
 夜闇を掃うように灯される火。けれど、天から落ちてくる闇を掃うことなど出来ない。振り払われた闇は、光の届かぬトコロに転がり落ち、より闇を深めている。
 その暗闇の中から発せられた声。コウの立つ場所からは、凝縮した闇しか見えない。声の主はわからなかった。けれど、「やっぱり」と嬉しさが滲んだ声が聞こえてきた。
 まばたくことを忘れて声の聞こえる方を見ていると、白い足首が、すぅ…と、現れる。続く鮮やかな衣服に包まれた身体と、そして。
「コウ、久しぶりだね」
「え?」
 見開いたコウの目に映るのは、よく知る人だ。
 信じられない思いで、コウは、名を呼んだ。
「……チャム」
 呼ぶとチャムは、小さく笑った。
 村でよく見た表情(かお)だった。









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