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「燈 - 二」の詳細記事: 彩

創作小説を掲載するブログです。 幻想世界を基本に書いていきます。

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燈 - 二


 自分が今、どこにいるのか……まったくわからない。
 ただ、目の前の煌びやかな衣服に身を包んだ者についていくことしかできない。ココにいる女の人達の衣服はどれも目を瞠るような鮮やかだけれど、自分の前を歩く者の装いは、それらとはまた違った彩りで、篝火のゆらめきに合わせて、きらきらと輝いていた。
「ここよ」
 チャムは、一度振り返ると垂れ下がる布地を押し上げ、賑やかな家に入っていった。
「なんだい、その子供は」
 入った瞬間、嗅いだことのない匂いに包まれて身体をふらつかせていると、棘のある声に呼び止められた。声のした方へ目を向けた途端、視界が白くなり、鼻を突く匂いが広がる。
 髪を高く結いまとめた女が、コウに鋭い視線を投げかけてくる。片手で頭を支え、身体を投げ出している女は、コウからチャムへと、その鋭い目を動かす。
「弟」
 不快を顕にした視線を平然と受け止め、そう答えたチャムの横顔を、コウは凝視する。
 ――弟。
 その言葉はカヤしか使わないもので、けれど言葉を作れなかったカヤからは聞けなかった言葉だ。それを今、チャムに言われて……こそばゆさと、わけのわからない痛みを感じた。
 チャムの横顔が、篝火の光に浮かび上がり、真っ白な肌に自然と目がいく。
 村でからかわれていた白い肌。夜に包まれる今、どんな鮮やかで煌びやかな衣服よりも映えて、綺麗だと、ぼんやりとコウは思った。
「なんだってぇ、弟ォ?」
 チャムの告げた言葉に、億劫に身体を起こして、女はコウを見る。足の先から頭の天辺まで、値踏みするように見、そして鼻を鳴らした。
「ま、いいさ。……けど、リョウジュ様の機嫌を損ねないでくれよ」
 そういうと、女は細い筒を口に咥えて、煙を吐き出した。
 ゆるりと流れる煙は、吸い込むと喉が痛み、コウは何度か咳をする。
「コウ、こっち」
「う、うん」
 家の奥へと続く細長い床には小さな火が灯られて明るかったが、水底のように暗く沈んだ空気が漂っている。ぼんやりと足元を照らす光は、却って漂う闇を意識させる。コウは知らず腕をさすった。
 チャムを追って行儀よく並べられた板を歩いていくと、囁きが聞こえた。
「いいわね。やっぱり金鳳花(きんぽうげ)と言われるだけあるわぁ」
「ほんと、いいね。輝かしい先を約束された金鳳花の恩恵にあやかりたい」
 ひそひそと、囁かれる言葉。小さい声だけど、思わず足を止めてしまう。そうしたら、チャムに腕をひかれた。
「こっち」
「え……あ、うん」
 チャムにも聞こえたはずだが、そんな素振りは窺えず「早く」と促がされる。コウは止めていた足を動かした。
 薄板で作られた引戸を閉め、腰を落ち着かせると改めてコウとチャムは互いを見た。
「久しぶりだね、コウ」
「……久しぶり、チャム」
 小さな灯火が、二人の姿をほのかに照らす。チャムは、村でよく見た笑みを浮かべていた。
 ヌシ様に遣えているはずの、チャム。〝迷子〟になって、帰ってこなかった者は、ヌシ様に遣えていると――――村では信じられている。
 ――でも、
 それは違うと、コウは知ってしまった。
「なんだかチャム、大きくなったね」
 村から見なくなったチャムと今目の前にいるチャムは違っていて、コウはそのことを思ったままに口にする。
「いやだ、コウ。女にそんな風に言うもンじゃないよ」
 チャムはコウの頬をかるく抓って、笑う。
「でも、まぁ……確かに成長したからね。背も、随分大きくなった」
 たくさんのものを食べるようになったから、とチャムは肩を抱く。
 チャムの動きを無意識に目で追っていたのに気づき、コウは慌てて目を逸らした。チャムは確かにチャムだけれど、やっぱり変わった。背も高くなったけれど、何と言えばいいのか、全身からまあるい、やわらかい印象を受ける。
「まず着替えなよ、コウ」
「あ、うん」
 チャムから渡された衣服は裾が長くて膝より下にあるものだった。足にからみついてきて邪魔だったので、帯に裾を押し込んで脱いだ足覆いの布を穿こうとしたら「こら!」とチャムに頭を叩かれ、チャムによってちゃんと着せされた。
 脱いだ衣服は泥と埃で汚れて、洗おうと手にしたらかしゃり、音が鳴った。
「あ…」
 忘れてたと、コウは皮袋を手にする。
「なぁに、それは」
「これは――」
 どうやって説明すればいいのかわからなかったから、袋の口を開けて、中に入れたものを広げた。
 擦り切れた皮袋から転がり落ちてきたものに、チャムは目を剥き、ほぅと、息を吐く。
「すごいね、コウ」
「何が?」
「何がって…」
 首を傾げるコウにチャムは呆れたように笑う。コウが床に広げた物は、小さいながらも、どれも手の込んだ細工物だった。しかもすべてに宝玉が使用されている。ココに来てから得た知識でどこまで本物を見分けているか判らないけれど、手間をかけて作られたことは見て取れる。
「だって、この髪飾り。滅多に手に入らない珊瑚でできているよ」
 転がり落ちた細工物の一つを指差して言うチャムに「そうなんだ」とまた首を傾げたコウにチャムは眉を顰めた。
「コウ、髪飾りもそうだし、櫛、耳飾り、首飾り、玉……すべてを貨幣に換えようとしたら、ここら一帯を治めるリョウジュ様でも無理なのよ」
「そう、なの……?」
 さっきから耳にする、リョウジュ様とは何なのかと疑問に思うコウに、チャムは息を吐き、つるりとした光を放つ箱を取り出すと、コウの前に置き、蓋を開けた。
「コウ、これが貨幣。よく見て」
 冷たくて丸いものと貝殻を掌に落とされる。湖でも貝は採れたけれど、綺麗な光をはじく貝は初めて見る。
「貨幣?」
「この辺りでよく使われる貨幣はこの貝。塩辛い水が波打つところで獲れるもの」
 チャムは、コウの掌にあるもう一つの貨幣を手にする。
「そして、こっちは人間が作ったものだけれど、これはどこでも使えるものなの。都市で作られたものだからね。 ……貨幣があれば、何でも手に入る。何よりも必要なものだよ」
「何よりも?」
「そうだよ。たくさんあればあるほど、生きていくのに困らない。貨幣があれば、食べるのに困らないのよ」
 チャムの言うことに、コウは戸惑った。
 生きていくのに困らない――――けれど、生きていくためには、糧を得なければならない。糧を得るために起きた時から眠りにつくまで動く。糧を得る為に湖で漁をしたり、漁をする為の道具を作ったり、捕った魚や藻類を保存したりした。自分の家ではさらに土を耕し、杜の中に入って木の実を採った。いつもいつも終わることなく続く、あたり前のコトなのに、貨幣というものはそれをしなくてもいいと、チャムは言う。
 ――ヘンなの。
 実感が持てず、コウは散らばる細工物の一つを指先ではじいた。
「コウが持っているのはね。たくさんの貨幣と引き換えにできる価値があるの」
「価値……」
 その意味がわかるまで、これらを見せてはいけないと、言われた。
 ――でも、チャムだし。
 コウは、チャムが興味を示したと思った、赤子の頬のような石がついた髪飾りを渡す。
「はい」
「何?」
 掌に置かれた髪飾りに、チャムは眉を寄せる。
「だって、これがあればチャムは嬉しいんでしょう?」
「コウ……」
 何の打算もなく、笑って言うコウに――チャムは、口を引き結ぶとコウと真っ直ぐ向き合う。
「コウ、よく聞いて」
 突然硬くなったチャムの声音に、何度もまたたきながらコウはチャムを見た。
「自分の物をむやみにあげちゃダメ」
「どうして?」
「どうしてって……」
 チャムは、しばらく黙った。
「どうして、あたしにくれようと思った?」
「え、チャムがすごいって言ったから……だからかな? 喜んでくれると思って」
「喜ばないんだよ。他人(ヒト)は」
 チャムは、口の端を微かに震わせてコウに言った。
「……チャム?」
 夜なのに、明るすぎるせいなのか。チャムの目が、異様な輝きを放ったように見えた。
「自分のないものを持っているとわかると、嫉むの。例え分け与えられても、喜ぶ素振りをするだけ。もっともっと……嫉む。だから、むやみに自分の物を手放してはダメだよ」
 そう言って、渡した髪飾りをコウの手に置いくと、チャムは両手で包んだ。
 チャムは、よく相手の手を包み込む。その時の、チャムのやわらかな手の感触が、自分は好きだ。けれど、トギシュは顔を真っ赤にしてすぐにチャムの手を振り払っていた。顔を真っ赤にして、チャムに怒鳴り、後で落ち込んでいた。
「でも村では――」
 口から零れた言葉に、コウは身体を強張らせた。
「コウ?」
「何でも、ない」
 無意識に、思ってしまった。
 ――もう、関係ない。
 村について、思うことなど何もない。なのに、思い出した。
 悔しさに唇を引き結ぶと、チャムが、ぽつりと語った。
「村はね」
 コウの肩が、大きく揺れる。
 村について、何も聞きたくない。聞きたくなかったけど、チャムの声音が優しかったから、コウはつめていた息を吐き出し、チャムの言葉に耳を傾けた。
「村は何にもなかったけれど、たくさんのものをみんなで作り出していた。何もなかったから、みんなで生きようとした……けど、違うんだよ」
「何が?」
 チャムは、笑みを浮かべた唇を動かそうとして――引き戸の向こう側から聞こえた足音に、すぅっと顔から表情をなくした。
 戸が開けられ、コウは後ろを振り返る。引戸にもたれかかる女の人と、目があった。
「あまり、似ていない弟ね」
 ゆっくりと話しながら足を進め、コウの前に屈み「弟……なのかねェ」と言う。
「胡蝶姉さん」
「その名はもう意味を持たないんだから。あたしはヨタだよ」
「……」
「ほんの一時の美しさでしかない胡蝶より強く美しく、そして加護の意味を含む名をリョウジュ様から与えられた金鳳花。アナタの方が、うんと美しいんだよ……遠慮せず、ヨタって呼んで?」
「ヨタ、姉さん」
 戸惑いながらチャムが言うと、ヨタという女の人は、口の端を吊り上げた。
「ふふふ……この界隈はリョウジュ様のもとへとゆく、金鳳花の手腕にかかっている。いや、この界隈だけじゃあない。道を辿る者達が集まってくるこの村はここら一帯を治めるリョウジュ様のものといって過言ではないんだから」
 わかるね、と念を押すように言うヨタに、チャムはゆっくりと目を閉じると「期待は、裏切らないですよ」と言った。
「頼もしいねぇ」
 ヨタは、目を細めると、チャムの頬に口をつけた。
「期待してるよ」
 すぐに離れた唇は、口角が大きく吊り上がっていて、とても印象に残る笑みにコウはまたたきを忘れて、ヨタがチャムから遠ざかっていくのを見ていた。
 裾を翻して薄暗い廊下にまぎれていく女の人の背中を見るコウの耳に――――。
「性悪女」
 聞こえた声。投げかけられる言葉が、耳に入り込んでくる。
 ヨタと、自分を呼べといった女の人の後ろに隠れるようにしていた人達が、チャムにむかって、言う。
 灯火の光が届かなくて、女達は、闇の塊に見える。
「リョウジュ様の目に適った途端、一人部屋を割り当てられたばかりが、自由に動き回って……冗談じゃないっ」
「あれほど面倒をみてやったのに、自分に風が来た途端、あたしらを馬鹿にして!」
「ナニが、金鳳花さ!」
 何を言っているかわからなかったけれど、チャムを悪くいっているのだけは、よくわかった。
 チャムは、何も応えず、じぃっと目を凝らしていた。見ている先を追うと、廊下の奥に消えていった女の人を追っているのかと思った。けど、何も見ていないのだとわかると、チャムに何か言いたいと思った。
「チャム……」
 女の人達が去ったのを見届けたチャムは、開け放たれたままの戸をゆっくりと閉め、大きく息を吐いた。
「チャム」
 何か言いたいけれど、何を言えばいいのかわらなず、コウはチャムの名を呼ぶことしかできなかった。
「チャム、あの……」
 顔をあげ、すくりと立ち上がると、チャムは窓の方へ歩いていく。手がだせるだけ細さに区切られている窓から夜空を見上げるチャムに呼びかけるけれど、チャムは何の反応も返してこない。
 揺れる灯火にあわせて揺れ動く光が、空を見上げるチャムの横顔を陰らす。
「コウ」
 不安定な光の中、浮かんでは消えるチャムの白い顔を見ていたら、不意に名前を呼ばれて、コウは驚き、上擦った声で返事した。
「見て、月がでた」
「え…あ、月?」
「ほら」
 水の香りが、鼻を擽る。
 目を凝らして見ると、月の回りがきらきらと光っている。夜を輝かす月明かりとは違って、彩りを持った光が回りに散っている。
「雨、降ったんだ」
 雲は見当たらないけれど、水を含んだ空気と月の光をはじく濡れた光景が、知らぬ間に通り過ぎた雨を教えてくる。
 漂う水の気配に、思い出しそうになった。果てがないと謂われるほどに広くて、澄んだ輝きを放つ湖……そして、湖に纏ろうモノを思い出しそうになって、コウは俯き、唇を噛んだ。
「霽月(せいげつ)……綺麗だね」
 震える吐息を聞かれない様に吐き出していると、チャムの楽しげな声がした。
「なぁに……、それ?」
「今の月のこと」
 顔をあげたコウの目を覗き込み、歌うようにチャムは言う。
「雨が、天の汚れを洗い流したから、一点の曇りもない月の美しさを見れるのよ」
 コウは、月を見た。
 闇に覆われる空を包みこむように光る月は清涼とした空気を生み、チャムの言った言葉の響きに納得できる。
「綺麗な言葉だね。どこで覚えたの?」
 月を眺めるチャムの横顔に、コウは矢継ぎに聞く。ココに来てから聞き慣れない言葉を耳にする。理解しようとしても、音の響きだけを残すだけだ。
「さっきから言われているリョウジュ様って? チャムは、何で金鳳花って呼ばれるの?」
「……」
 チャムは、黙って月を見ていた。
 月明かりに浮ぶチャムの白い肌。
 夜闇から浮かび上がる肌は、……肌自体が光っているように思えた。
 青白くさえ見える肌に不安になって、チャムを呼ぼうとしたら「コウ」と先に呼ばれた。
「今からでかけるの」
 振り向いたチャムは、よく目にした笑みを浮かべた。
「一緒に行かない?」
「…うん」
「決まりね」
 チャムは、コウの手を取ると立ち上がらせた。
「どこへ行くの、チャム」
 部屋をでて、裏手に向かうチャムにコウは聞いた。
「界隈の外れに、崩れかけた屋敷があるの」
 この界隈を太陽の輝きから隠すようにそびえる山。山の麓には大きな屋敷があった。いつの頃からあったのか。来るものを拒まないココの懐の深さを敬うように建てられたとも、ヒトならぬものが住んでいたとも謂われていたが、屋敷はすでに忘れられ、もう近付く者はいない。
「そこへ行くの」
 冷えた蒸し芋と果物を籠に入れ、チャムは裏口から出る。
 どうしてそこに行くのかと思ったけど、自分がついてくるのを待っているのを見て、コウは急いで履物を足に固定した。









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