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「燈 - 三」の詳細記事: 彩

創作小説を掲載するブログです。 幻想世界を基本に書いていきます。

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燈 - 三


 屋敷は、思った以上に大きかったけれど、半分ほど崩れていた。残ったところも草木に埋もれるようにある。
 外れかけた開き戸を押すと、ギシギシと軋み、なかなか開かない。慎重に力を加えて、なんとか通れる隙間を作り明かりを持ってチャムと中へ入った。
 埃と黴と……生き物の臭いが、充満している。隙間からはいりこむ風に動く臭気には、血の臭いが混ざっていた。嗅ぎ取った臭いにコウは、息を乱す。
 ゆっくり足を動かし、周りを窺っていくと――――黒い塊が、部屋の隅で動くのが見えた。
 背中を丸めて、もそもそと動く、塊。動物かと思ったけれど、それにしては大きい。
 黒い塊がなんなのか、じっと目を凝らしたらチャムの背中が視界一杯に広がる。
「チャム?」
 チャムは黒い塊に向かって歩いていき、声をかけた。
「どうですか、調子は」
 チャムが手にする明かりが、黒い塊を照らし……コウは、目を見開いた。
「……っ」
 チャムが話しかける、黒い塊の姿形がはっきりした瞬間、周りがなくなる。その黒い塊、その人間以外、何も見えなくなる。
「どうして、フギツ様が――」
 蹲っていた人影はのそりと動き、コウを見つけると目を剥いた。
「お、……おぉおお」
 ずるずる、這い蹲ってコウに近づくと、唇を何度も震わせる。
「お前、お前は〝キ〟だな。そうだそうだ!」
 自分を、〝キ〟と言うその姿は、別の人影を滲ませる。
「キ、キじゃあぁ……、そうだそうじゃ!」
 仰け反り、高笑いするフギツの姿に背筋が凍り、一歩退く。
 昔、村長を務めた人。ギラムの父親は、大きく口を開け、笑う。
「あいつ等――」
 ほつれて、まとまりのない髪をさらに乱れさせてフギツは、言う。
「あいつ等が来てからおかしくなった」
「な、ん……」
 獣のように這ってコウへと近付くと、フギツは歯をむきだして、笑う。
「鎮められた者達――コウよ。お前の、血のはじまりだァ」
「……!」
 フギツの告げた、その意味することに、コウは息苦しくなった。どう息継ぎをすればいいのか、わからない。
 フギツは「キ、キィだっ」と、同じ音を何度も何度も繰り返すと、ぎょろりコウを覗き込んできた。
 生温かい吐息が吹き付けられ、コウは顔を背ける。
 嫌がるコウを面白がってフギツは体を近づけてきたが、チャムに嗜まれると、ぶつぶつ、口の中に言葉を含ませながら部屋の隅に蹲った。
「…は」
 フギツが自分に近づかないとわかると、コウはつまっていた息を吐き出した。何度も何度も呼吸を繰り返すと、身体から力が抜けていくのを感じる。二の腕をさすると、違和感がした。皮膚が、ざらりとしていたので見てみると、ぶつぶつと小さな突起が皮膚に浮き出ている。
「キ、キ、キじゃあぁ」
 耳をついた音に、コウの身体はまた強張る。
「一番欲しかったのは、手に入れたかったのは〝キ〟だ」
 聞きなれた音を、フギツが何度も口にする。
「お前の血脈が持つ〝キ〟の技が欲しかった」
「〝キ〟は……オレの家を示す言葉で」
 呟くように言ったコウを凝視し、フギツはむぅっと唸った。
「知らぬ間にそうなったようだな。儂らはお前たちの技を示して口にしていた」
 〝キ〟を寄越せという者達とそんなものないと言い張る者達の押し問答に使われた言葉が残った。
 静かに語っていたフギツが、突然顔を上げ、忙しなく辺りを見渡した後、動き出す。
「フギツ…さま」
「ん、誰だ。お前はぁ、誰だ?」
「フギツ、様……」
「遠いところからぁーー、やって来たぁ、武者(むしゃ)様たちィ」
 歌うように、フギツは声を張り上げる。
「村を蝕むオニを、こらしめるぅーーこらしめたぁ」
 フギツの声が朽ちかけた木材を揺さ振り、埃を落とす。木屑も一緒に落ちてきて、三人に降りかかる。
「この界隈の外れに、フギツ様が流れてきたの」
 呆然とするコウに、チャムが宥めるように話しはじめた。
「ボロボロで、最初は言葉がわからなかった」
 刀傷もあったのと、チャムの言葉にコウの身体が大きく震えた。
 あの、闇の中でのコトが……あの時の光景が、脳裏をよぎる。
「……フギツ様」
 ふらつく足が、フギツに向かって進んだ。
 リンの闇の中、いつまでも笑い続けていたギラムの声と、フギツの声が重なって……、引き寄せられるようにコウは、フギツに歩みよったが、膝に力が入らなくなり、蹲ってしまう。
「どうして」
 視界が、ゆらぐ。
「フギツ様も、ギラム様も、どうして……」
 震える唇を、噛み締める。
「どうしてそこまで…………何が、欲しかったの?」
「ひ、ひひひ……〝キ〟は、すごいんじゃあぁああ」
「村の人達を騙して――〝迷子〟を作って」
「素晴らしい繁栄をもらたすぅ、きぃいいはどこだァ」
「カヤは、カヤはどこに……」
「コウ、何言っても無駄」
 チャムは、コウの腕を取ると立たせた。
「もう、あたし達と同じトコロにいないんだよ」
 行こうと、チャムはコウのそっと背を押した。
 閉じきらない戸の隙間から、フギツの声が流れ出て、夜にとどろぐ。
 皮膚に浮き出たブツブツした突起は、しばらく消えなかった。
「カヤは……〝迷子〟になったんだね」
 朽ちた屋敷をでて、しばらく歩いた後、チャムは言った。
 コウは、何も言えずに俯く。
「いいよ、言わなくても。わかるから」
 チャムは、一つ息を吐いた。
「コウは、カヤを探しにきたんだね……」
 コウは、チャムに目を向けたけれど、足を速めて前に行った為、顔を見ることは叶わなかった。
 ――チャムは、何か、知っているのかな?
 淡々と、〝迷子〟という言葉を口にした。〝迷子〟に関わったフギツを世話するチャムは……一体、何を思っているのか。
 コウは、チャムの背中を見る。
 チャムが身につける細工物が、ちりちり、澄んだ音を生む。月の光に乗って、その音は遠くに響き、黙り込んだチャムの代わりに何かを伝えているようだった。

「自分がね、どう思っていようとちゃんと伝わらないコトなんて、たくさんある」

 朽ちた屋敷を後にして、再び戻ってきた部屋。
 灯りもつかず、佇んでいるとチャムが、言った。
「自分の思ったコトが全然違うモノとして相手に受け止められるなんて、よくあること」
 チャムはそう言って、目を閉じた。
「チャム?」
 何だかとても痛いと思うコトを言葉にしたのに、チャムは無表情で、自分の声にも反応しない。
 じぃっと、影を見つめている。
 ゆらゆら、不安定に動く灯火でない、月明かりによって生まれる影は、薄闇の中でもはっきりとした形を持っている。
「コウ、あまりココに留まらないほうがいい」
 影を見つめていた目をコウに向け、突然、チャムは言った。
「やりたいことが……自分のやるべきことがあるのなら、すぐにでもココを発つべきだよ」
 チャムはコウに荷物をまとめるように言い、床の板を外すと大きな箱を取り出した。小さく折りたたまれた衣服や装飾品が納められている箱から無造作にいくつか衣服を取り出し「これも荷造りして」とコウに渡す。
 自分が着るには勿体無いと思わせる衣服。押し返そうとしたら「いいから、早く!」とチャムは怒った。
 初めて、チャムが怒ったのを見る。
「え、あ……どうしたの、チャム?」
 チャムは荷物をまとめたコウの手を掴み、部屋を出る。
「チャ、チャムっ」
 せきたつチャムの後についていくが、戸惑いは消えない。薄暗くて細長い通路から、夜闇を退ける光と賑わいが広がるところへとでる。
 道に面した部屋に座る数人の女が一斉に見てきたが、チャムは気にせずコウの手を引き、木の実を摘む女主人に出掛ける旨を伝えた。
 胡乱に見つめ、鼻を鳴らすと「好きにしな」と女主人は言う。
 表口から出た途端、篝火の眩しさにひるんだ。
 チャムに招かれたトコロも夜とは思えないほどに明るい場所だったけれど、外は明かりだけでなくひしめき合う人間の賑わい。闇の暗さと恐ろしさを忘れてしまうほどに活気に満ちている。
 煌びやかな界隈を囲む柵を越えると、男が二人ついてくるのが見えた。チャムと再会した時にもいた。朽ちた屋敷に行く時もついてきた。
「チャム……後ろに」
「気にしないで」
「でも――」
「あたしが逃げなければ何もしてこない」
 逃げる訳ないのにね、とチャムはおかしそうに笑う。
 柵を越えてしばらく歩くと、自分とチャムの持つ明かり以外、闇をはらう光はなくなった。手にする明かりも、足元を照らすだけ。
「コウ」
 月明かりに照らされる周囲を眺めていたら、チャムが繋いだ手を強く握った。
 チャムは進む先を見ながら、言う。
「これから、いろんなトコロに行くんだろうけど、生きる場所を失った者達が集まるトコロに居続けちゃあ、いけない」
 たくさんのコトを歪めて、自分の心を偽ることに慣れてしまうからと……チャムはコウの手をまた強く握る。
「……」
 意味は、わからなかったけれど、チャムが自分を思って口にした言葉だということはわかった。
 ――わからないこと、ばかりだ。
 カヤを探すと決めた自分を送り出してくれたヒトも、何も聞かず自分を受け入れてくれた老夫婦……そして、自分を案じてくれるチャム。
 みんな、難しくてわからないコトを言うけれど、あたたかかった。
 そのまま、二人は何も話さず、ただ足を動かして夜闇の中を歩いた。
「ここで、お別れ」
 チャムに倣って足を止めると、コウは改めて周囲を見渡した。
 密集していた家々はいつの間にかなくなっていて、ぽつぽつと拓けた大地に点在しているだけだった。歩いてきた道はまだまだ先へと続いている。
「この道を進んでいけば、もっと人が集まるトコロに行ける」
 〝迷子〟になった子供は、人の集まるトコロに売られる。たくさん集まるトコロにはたくさん必要とされるから、人の流れを追えばいい。
 説明を終えると、チャムは耳にはめていた細工物を外して、コウの掌に落とす。
「あたしはこれ以上行けない」
「チャム……」
 掌に落とされた冷たい感触。やけに冷たく感じて、コウは不安になった。
「帰らないの?」
 気づけば、口にした。村に、帰らないのかと、コウはチャムに聞いていた。
 チャムは、微笑んだ。
 胸が、締め付けられたように苦しくなる微笑み。静かに、チャムは言う。
「あたしは、きっと……もう泳げない」
「そんな、そんなことないよ!」
 チャムは力なく、首を横に振る。しゃらり、細工物がチャムと一緒にゆれて、音が鳴った。
「でも、ここにはいつも新しい風が吹いていて……それは結構、心地いいものなの」
 ちりちり、細かな光を放つ飾り物。チャムに、よく似合っている。
「帰りたくないと言えば嘘になるけれど――――あたしは、ココでも生きていけるから」
 夜風が、チャムを飾る細工物を揺らして音を流した。
「コウは、どうするの?」
「え?」
「村に、帰るの?」
 その言葉に、コウは……目を剥く。

 ――帰る?

 思ってもみなかったことを言われ息を呑んだ瞬間、脳裏を横切る、真っ黒で真っ赤な光景。
 コウは、歯を噛み締めた。

 ――村に、帰るなんて……。

 生まれたばかりの光に輝いた湖。
 美しいと、そう言ってくれた自分の生まれ育ったトコロ。けれど、もうその言葉のまま受け止めることはできない。
 失ったモノを取り戻すために、自分は決めたのだから。
「カヤに――」
 会いたい。考えるより先に、浮かんでくる強い想い。
 カヤに、会うのだ。
「オレは、カヤを探す。……カヤに会うんだ」
 それだけが今の自分を支え、自分の存在を確かなものにする。だから、それ以外考えない。
「そう…」
 チャムは、目を伏せて息を吐くと、ゆっくりとまたたいてコウを見た。
「元気でね」
 村でよく見た笑みに、自然とコウの顔も緩む。
「チャムも――」
 その先の言葉が、でてこなかった。
 元気でと、同じように言えばいい。けれど、できない。
 言うことが、できない。
 ――もう、
 もう、会うことはない。
 漠然とだったものが、確かなものとして今、目の前にある。そのことに、コウは震えた。
 もう、会うことはないのだ。
 チャムとは、もう会えない。
 魂別れとは違う。本当に、別れてしまうのだ。
 いなくなってしまうのだ。
 震えはひどくなり、眩暈がした。
 魂別れをしても、ちゃんと存在していた。消えることは、なかった。ヌシ様に仕える者として、村を支え、同じ時を生きる事ができた。
 ――チャムは……。
 こみ上げてくるものを抑え込む。けれど、よけいに辛くなってコウはうめいた。悔しくて悔しくて……叫びたくなったけれど、固く握りしめた拳をチャムに包み込まれる。
 突然伝わってきたあたたかさに驚いて、コウは思わず身体を退いた。
「元気でね、コウ」
 微笑んだチャムからしゃらりと、綺麗な音が響いた。チャムの髪を飾る細工物が月明かりをはじく。細かくて鮮やかな光を作るそれは、手首や二の腕にもついていて、チャムの白い肌をさらに輝かせていた。
 艶やかなチャムの姿に、息が止まる。
「……元気で」
 喉につまっていた言葉を押し出し、チャムの手を振りほどくと、コウは走り出した。
 ――あたたかい。
 チャムに包まれた手はとてもあたたかくて、涙が滲んでくる。トギシュが好きだといったチャムの泳ぐ姿は、もう見られないんだと…………何処かから聞こえてきた声が胸を穿ち、息を苦しくさせたけれど、足を止めることができなくて走れるだけ、走り続けた。
 丘を上りきったところで、ようやく足を止めて、振り返る。
 闇の中に在る光。人間によって灯された光がゆらゆらと闇を退けていた。不安定な光だけれど、そこに在る人間の暮らしを明るく灯している。
 ――あたたかそう。
 身を寄せ合う人達を暖めている火の輝き。そこから視線を外し、空にある無数の輝きを見た。
 真っ暗な空にある、小さいけれど、闇の存在を忘れさせてくれる光。
「……カヤ」
 どこかで、同じようにこの小さな輝きを見ているかもしれない片割れの名を、呟く。
 翳む視界。滲んできたものを乱暴に拭うとコウは丘を下っていった。
 夜闇に邪魔をされて進む先はよく見えなかったが、闇を退ける輝きを見たくなくて、コウは先を急ぐ。火の暖かさを思い出して踏み止まってしまう前にと、チャムのいた村から離れていく。
 一歩、進むごとにカヤへと近づくのだと信じて、コウは暗闇に包まれている道を進んでいく。
 どこかで空に輝く小さな光を見ているカヤに会うため、コウは進み続けた。









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