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  <title type="text">彩</title>
  <subtitle type="html">創作小説を掲載するブログです。
幻想世界を基本に書いていきます。</subtitle>
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  <updated>2007-07-31T20:47:50+09:00</updated>
  <author><name>渫木　真　　ＳＡＲＡＧＩ　ＳＩＮ</name></author>
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    <published>2020-04-01T23:00:00+09:00</published> 
    <updated>2020-04-01T23:00:00+09:00</updated> 
    <category term="ＴＯＰ" label="ＴＯＰ" />
    <title>いらっしゃいませ。</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[■　こちらは創作小説のブログサイトです。<br />
ジャンルは幻想世界を基本に書いていきますが、いろいろ挑戦していきたいと思っています。<br />
<br />
<br />
◆　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/1/">ＴＯＰ</a>・・・・・・・・・このページです。<br />
<br />
◆　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/2/">ＡＢＯＵＴ</a>・・・・・・初めての方はお読み下さい<br />
<br />
◆　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/3/">短編小説</a>・・・・・・続き物ではないお話です。<br />
<br />
◆　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/4/">長編小説</a>・・・・・・長々と続くお話です。<br />
<br />
◆　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Category/4/">ＭＥＭＯ</a>・・・・・・・気がむいたらいろいろ書き込みしていきます。<br />
<br />
◆　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/6/">ＬＩＮＫ</a>・・・・・・・・登録させて頂いているサーチ様。<br />
<br />
<br />
<span style="color:#009999">■　更新履歴</span><br />
08/10/12<br />
長編小説　眠りの郷～隠者の涙<br />
リンクがおかしかったので、直しました。<br />
08/05<br />
長編・短編小説にお話をアップ<br />
2008.08より開通]]> 
    </content>
    <author>
            <name>渫木　真　　ＳＡＲＡＧＩ　ＳＩＮ</name>
        </author>
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    <published>2015-04-01T22:00:00+09:00</published> 
    <updated>2015-04-01T22:00:00+09:00</updated> 
    <category term="短編小説" label="短編小説" />
    <title>短編小説</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[短編小説のトップページです。<br />
※下にいくほど新しいです。<br />
<br />
<br />
◆<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/15/">ツキノナカ</a>]]> 
    </content>
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    <published>2015-04-01T21:00:00+09:00</published> 
    <updated>2015-04-01T21:00:00+09:00</updated> 
    <category term="長編小説" label="長編小説" />
    <title>長編小説</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[長編小説のトップページです。<br />
※下にいくほど新しいです。<br />
<br />
<br />
◆眠りの郷<br />
<br />
　　　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/8/">一、湖を崇める民</a><br />
<br />
　　　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/9/">二、鬼を恐れる者　前編</a>　　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/10/">後編</a><br />
<br />
　　　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/11/">三、忘れた心と見なかった顔</a><br />
<br />
　　　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/12/">四、泥沼の中の人間　前編</a>　　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/13/">後編</a><br />
<br />
　　　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/14/">五、去るモノと旅立つモノ</a><br />
<br />
<br />
◆眠りの郷　～隠者の涙～<br />
<br />
　　　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/23/">翁媼<span style="font-size:75%">おうおう</span>　　一、</a><a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/24/">二、</a><a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/25/">三、</a><a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/26/">四、</a><a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/27/">五</a><br />
<br />
　　　<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/28/">燈<span style="font-size:75%">ともしび</span>　　一、</a><a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/29/">二、</a><a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/30/">三</a>]]> 
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            <name>渫木　真　　ＳＡＲＡＧＩ　ＳＩＮ</name>
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    <published>2011-07-11T00:43:15+09:00</published> 
    <updated>2011-07-11T00:43:15+09:00</updated> 
    <category term="ＬＩＮＫ" label="ＬＩＮＫ" />
    <title>お待ちください。</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[登録させて頂いていたサイト様が閉鎖されたようです。<br />
新しく登録させて頂けるサイトを探しております。]]> 
    </content>
    <author>
            <name>渫木　真　　ＳＡＲＡＧＩ　ＳＩＮ</name>
        </author>
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    <published>2008-10-11T17:37:37+09:00</published> 
    <updated>2008-10-11T17:37:37+09:00</updated> 
    <category term="長編小説" label="長編小説" />
    <title>燈　－　三</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　屋敷は、思った以上に大きかったけれど、半分ほど崩れていた。残ったところも草木に埋もれるようにある。<br />
　外れかけた開き戸を押すと、ギシギシと軋み、なかなか開かない。慎重に力を加えて、なんとか通れる隙間を作り明かりを持ってチャムと中へ入った。<br />
　埃と黴と……生き物の臭いが、充満している。隙間からはいりこむ風に動く臭気には、血の臭いが混ざっていた。嗅ぎ取った臭いにコウは、息を乱す。<br />
　ゆっくり足を動かし、周りを窺っていくと――――黒い塊が、部屋の隅で動くのが見えた。<br />
　背中を丸めて、もそもそと動く、塊。動物かと思ったけれど、それにしては大きい。<br />
　黒い塊がなんなのか、じっと目を凝らしたらチャムの背中が視界一杯に広がる。<br />
「チャム？」<br />
　チャムは黒い塊に向かって歩いていき、声をかけた。<br />
「どうですか、調子は」<br />
　チャムが手にする明かりが、黒い塊を照らし……コウは、目を見開いた。<br />
「……っ」<br />
　チャムが話しかける、黒い塊の姿形がはっきりした瞬間、周りがなくなる。その黒い塊、その人間以外、何も見えなくなる。<br />
「どうして、フギツ様が――」<br />
　蹲っていた人影はのそりと動き、コウを見つけると目を剥いた。<br />
「お、……おぉおお」<br />
　ずるずる、這い蹲ってコウに近づくと、唇を何度も震わせる。<br />
「お前、お前は〝キ〟だな。そうだそうだ！」<br />
　自分を、〝キ〟と言うその姿は、別の人影を滲ませる。<br />
「キ、キじゃあぁ……、そうだそうじゃ！」<br />
　仰け反り、高笑いするフギツの姿に背筋が凍り、一歩退く。<br />
　昔、村長を務めた人。ギラムの父親は、大きく口を開け、笑う。<br />
「あいつ等――」<br />
　ほつれて、まとまりのない髪をさらに乱れさせてフギツは、言う。<br />
「あいつ等が来てからおかしくなった」<br />
「な、ん……」<br />
　獣のように這ってコウへと近付くと、フギツは歯をむきだして、笑う。<br />
「鎮められた者達――コウよ。お前の、血のはじまりだァ」<br />
「……！」<br />
　フギツの告げた、その意味することに、コウは息苦しくなった。どう息継ぎをすればいいのか、わからない。<br />
　フギツは「キ、キィだっ」と、同じ音を何度も何度も繰り返すと、ぎょろりコウを覗き込んできた。<br />
　生温かい吐息が吹き付けられ、コウは顔を背ける。<br />
　嫌がるコウを面白がってフギツは体を近づけてきたが、チャムに嗜まれると、ぶつぶつ、口の中に言葉を含ませながら部屋の隅に蹲った。<br />
「…は」<br />
　フギツが自分に近づかないとわかると、コウはつまっていた息を吐き出した。何度も何度も呼吸を繰り返すと、身体から力が抜けていくのを感じる。二の腕をさすると、違和感がした。皮膚が、ざらりとしていたので見てみると、ぶつぶつと小さな突起が皮膚に浮き出ている。<br />
「キ、キ、キじゃあぁ」<br />
　耳をついた音に、コウの身体はまた強張る。<br />
「一番欲しかったのは、手に入れたかったのは〝キ〟だ」<br />
　聞きなれた音を、フギツが何度も口にする。<br />
「お前の血脈が持つ〝キ〟の技が欲しかった」<br />
「〝キ〟は……オレの家を示す言葉で」<br />
　呟くように言ったコウを凝視し、フギツはむぅっと唸った。<br />
「知らぬ間にそうなったようだな。儂らはお前たちの技を示して口にしていた」<br />
　〝キ〟を寄越せという者達とそんなものないと言い張る者達の押し問答に使われた言葉が残った。<br />
　静かに語っていたフギツが、突然顔を上げ、忙しなく辺りを見渡した後、動き出す。<br />
「フギツ…さま」<br />
「ん、誰だ。お前はぁ、誰だ？」<br />
「フギツ、様……」<br />
「遠いところからぁーー、やって来たぁ、武者(むしゃ)様たちィ」<br />
　歌うように、フギツは声を張り上げる。<br />
「村を蝕むオニを、こらしめるぅーーこらしめたぁ」<br />
　フギツの声が朽ちかけた木材を揺さ振り、埃を落とす。木屑も一緒に落ちてきて、三人に降りかかる。<br />
「この界隈の外れに、フギツ様が流れてきたの」<br />
　呆然とするコウに、チャムが宥めるように話しはじめた。<br />
「ボロボロで、最初は言葉がわからなかった」<br />
　刀傷もあったのと、チャムの言葉にコウの身体が大きく震えた。<br />
　あの、闇の中でのコトが……あの時の光景が、脳裏をよぎる。<br />
「……フギツ様」<br />
　ふらつく足が、フギツに向かって進んだ。<br />
　リンの闇の中、いつまでも笑い続けていたギラムの声と、フギツの声が重なって……、引き寄せられるようにコウは、フギツに歩みよったが、膝に力が入らなくなり、蹲ってしまう。<br />
「どうして」<br />
　視界が、ゆらぐ。<br />
「フギツ様も、ギラム様も、どうして……」<br />
　震える唇を、噛み締める。<br />
「どうしてそこまで…………何が、欲しかったの？」<br />
「ひ、ひひひ……〝キ〟は、すごいんじゃあぁああ」<br />
「村の人達を騙して――〝迷子〟を作って」<br />
「素晴らしい繁栄をもらたすぅ、きぃいいはどこだァ」<br />
「カヤは、カヤはどこに……」<br />
「コウ、何言っても無駄」<br />
　チャムは、コウの腕を取ると立たせた。<br />
「もう、あたし達と同じトコロにいないんだよ」<br />
　行こうと、チャムはコウのそっと背を押した。<br />
　閉じきらない戸の隙間から、フギツの声が流れ出て、夜にとどろぐ。<br />
　皮膚に浮き出たブツブツした突起は、しばらく消えなかった。<br />
「カヤは……〝迷子〟になったんだね」<br />
　朽ちた屋敷をでて、しばらく歩いた後、チャムは言った。<br />
　コウは、何も言えずに俯く。<br />
「いいよ、言わなくても。わかるから」<br />
　チャムは、一つ息を吐いた。<br />
「コウは、カヤを探しにきたんだね……」<br />
　コウは、チャムに目を向けたけれど、足を速めて前に行った為、顔を見ることは叶わなかった。<br />
　――チャムは、何か、知っているのかな？<br />
　淡々と、〝迷子〟という言葉を口にした。〝迷子〟に関わったフギツを世話するチャムは……一体、何を思っているのか。<br />
　コウは、チャムの背中を見る。<br />
　チャムが身につける細工物が、ちりちり、澄んだ音を生む。月の光に乗って、その音は遠くに響き、黙り込んだチャムの代わりに何かを伝えているようだった。<br />
<br />
「自分がね、どう思っていようとちゃんと伝わらないコトなんて、たくさんある」<br />
<br />
　朽ちた屋敷を後にして、再び戻ってきた部屋。<br />
　灯りもつかず、佇んでいるとチャムが、言った。<br />
「自分の思ったコトが全然違うモノとして相手に受け止められるなんて、よくあること」<br />
　チャムはそう言って、目を閉じた。<br />
「チャム？」<br />
　何だかとても痛いと思うコトを言葉にしたのに、チャムは無表情で、自分の声にも反応しない。<br />
　じぃっと、影を見つめている。<br />
　ゆらゆら、不安定に動く灯火でない、月明かりによって生まれる影は、薄闇の中でもはっきりとした形を持っている。<br />
「コウ、あまりココに留まらないほうがいい」<br />
　影を見つめていた目をコウに向け、突然、チャムは言った。<br />
「やりたいことが……自分のやるべきことがあるのなら、すぐにでもココを発つべきだよ」<br />
　チャムはコウに荷物をまとめるように言い、床の板を外すと大きな箱を取り出した。小さく折りたたまれた衣服や装飾品が納められている箱から無造作にいくつか衣服を取り出し「これも荷造りして」とコウに渡す。<br />
　自分が着るには勿体無いと思わせる衣服。押し返そうとしたら「いいから、早く！」とチャムは怒った。<br />
　初めて、チャムが怒ったのを見る。<br />
「え、あ……どうしたの、チャム？」<br />
　チャムは荷物をまとめたコウの手を掴み、部屋を出る。<br />
「チャ、チャムっ」<br />
　せきたつチャムの後についていくが、戸惑いは消えない。薄暗くて細長い通路から、夜闇を退ける光と賑わいが広がるところへとでる。<br />
　道に面した部屋に座る数人の女が一斉に見てきたが、チャムは気にせずコウの手を引き、木の実を摘む女主人に出掛ける旨を伝えた。<br />
　胡乱に見つめ、鼻を鳴らすと「好きにしな」と女主人は言う。<br />
　表口から出た途端、篝火の眩しさにひるんだ。<br />
　チャムに招かれたトコロも夜とは思えないほどに明るい場所だったけれど、外は明かりだけでなくひしめき合う人間の賑わい。闇の暗さと恐ろしさを忘れてしまうほどに活気に満ちている。<br />
　煌びやかな界隈を囲む柵を越えると、男が二人ついてくるのが見えた。チャムと再会した時にもいた。朽ちた屋敷に行く時もついてきた。<br />
「チャム……後ろに」<br />
「気にしないで」<br />
「でも――」<br />
「あたしが逃げなければ何もしてこない」<br />
　逃げる訳ないのにね、とチャムはおかしそうに笑う。<br />
　柵を越えてしばらく歩くと、自分とチャムの持つ明かり以外、闇をはらう光はなくなった。手にする明かりも、足元を照らすだけ。<br />
「コウ」<br />
　月明かりに照らされる周囲を眺めていたら、チャムが繋いだ手を強く握った。<br />
　チャムは進む先を見ながら、言う。<br />
「これから、いろんなトコロに行くんだろうけど、生きる場所を失った者達が集まるトコロに居続けちゃあ、いけない」<br />
　たくさんのコトを歪めて、自分の心を偽ることに慣れてしまうからと……チャムはコウの手をまた強く握る。<br />
「……」<br />
　意味は、わからなかったけれど、チャムが自分を思って口にした言葉だということはわかった。<br />
　――わからないこと、ばかりだ。<br />
　カヤを探すと決めた自分を送り出してくれたヒトも、何も聞かず自分を受け入れてくれた老夫婦……そして、自分を案じてくれるチャム。<br />
　みんな、難しくてわからないコトを言うけれど、あたたかかった。<br />
　そのまま、二人は何も話さず、ただ足を動かして夜闇の中を歩いた。<br />
「ここで、お別れ」<br />
　チャムに倣って足を止めると、コウは改めて周囲を見渡した。<br />
　密集していた家々はいつの間にかなくなっていて、ぽつぽつと拓けた大地に点在しているだけだった。歩いてきた道はまだまだ先へと続いている。<br />
「この道を進んでいけば、もっと人が集まるトコロに行ける」<br />
　〝迷子〟になった子供は、人の集まるトコロに売られる。たくさん集まるトコロにはたくさん必要とされるから、人の流れを追えばいい。<br />
　説明を終えると、チャムは耳にはめていた細工物を外して、コウの掌に落とす。<br />
「あたしはこれ以上行けない」<br />
「チャム……」<br />
　掌に落とされた冷たい感触。やけに冷たく感じて、コウは不安になった。<br />
「帰らないの？」<br />
　気づけば、口にした。村に、帰らないのかと、コウはチャムに聞いていた。<br />
　チャムは、微笑んだ。<br />
　胸が、締め付けられたように苦しくなる微笑み。静かに、チャムは言う。<br />
「あたしは、きっと……もう泳げない」<br />
「そんな、そんなことないよ！」<br />
　チャムは力なく、首を横に振る。しゃらり、細工物がチャムと一緒にゆれて、音が鳴った。<br />
「でも、ここにはいつも新しい風が吹いていて……それは結構、心地いいものなの」<br />
　ちりちり、細かな光を放つ飾り物。チャムに、よく似合っている。<br />
「帰りたくないと言えば嘘になるけれど――――あたしは、ココでも生きていけるから」<br />
　夜風が、チャムを飾る細工物を揺らして音を流した。<br />
「コウは、どうするの？」<br />
「え？」<br />
「村に、帰るの？」<br />
　その言葉に、コウは……目を剥く。<br />
<br />
　――帰る？<br />
<br />
　思ってもみなかったことを言われ息を呑んだ瞬間、脳裏を横切る、真っ黒で真っ赤な光景。<br />
　コウは、歯を噛み締めた。<br />
<br />
　――村に、帰るなんて……。<br />
<br />
　生まれたばかりの光に輝いた湖。<br />
　美しいと、そう言ってくれた自分の生まれ育ったトコロ。けれど、もうその言葉のまま受け止めることはできない。<br />
　失ったモノを取り戻すために、自分は決めたのだから。<br />
「カヤに――」<br />
　会いたい。考えるより先に、浮かんでくる強い想い。<br />
　カヤに、会うのだ。<br />
「オレは、カヤを探す。……カヤに会うんだ」<br />
　それだけが今の自分を支え、自分の存在を確かなものにする。だから、それ以外考えない。<br />
「そう…」<br />
　チャムは、目を伏せて息を吐くと、ゆっくりとまたたいてコウを見た。<br />
「元気でね」<br />
　村でよく見た笑みに、自然とコウの顔も緩む。<br />
「チャムも――」<br />
　その先の言葉が、でてこなかった。<br />
　元気でと、同じように言えばいい。けれど、できない。<br />
　言うことが、できない。<br />
　――もう、<br />
　もう、会うことはない。<br />
　漠然とだったものが、確かなものとして今、目の前にある。そのことに、コウは震えた。<br />
　もう、会うことはないのだ。<br />
　チャムとは、もう会えない。<br />
　魂別れとは違う。本当に、別れてしまうのだ。<br />
　いなくなってしまうのだ。<br />
　震えはひどくなり、眩暈がした。<br />
　魂別れをしても、ちゃんと存在していた。消えることは、なかった。ヌシ様に仕える者として、村を支え、同じ時を生きる事ができた。<br />
　――チャムは……。<br />
　こみ上げてくるものを抑え込む。けれど、よけいに辛くなってコウはうめいた。悔しくて悔しくて……叫びたくなったけれど、固く握りしめた拳をチャムに包み込まれる。<br />
　突然伝わってきたあたたかさに驚いて、コウは思わず身体を退いた。<br />
「元気でね、コウ」<br />
　微笑んだチャムからしゃらりと、綺麗な音が響いた。チャムの髪を飾る細工物が月明かりをはじく。細かくて鮮やかな光を作るそれは、手首や二の腕にもついていて、チャムの白い肌をさらに輝かせていた。<br />
　艶やかなチャムの姿に、息が止まる。<br />
「……元気で」<br />
　喉につまっていた言葉を押し出し、チャムの手を振りほどくと、コウは走り出した。<br />
　――あたたかい。<br />
　チャムに包まれた手はとてもあたたかくて、涙が滲んでくる。トギシュが好きだといったチャムの泳ぐ姿は、もう見られないんだと…………何処かから聞こえてきた声が胸を穿ち、息を苦しくさせたけれど、足を止めることができなくて走れるだけ、走り続けた。<br />
　丘を上りきったところで、ようやく足を止めて、振り返る。<br />
　闇の中に在る光。人間によって灯された光がゆらゆらと闇を退けていた。不安定な光だけれど、そこに在る人間の暮らしを明るく灯している。<br />
　――あたたかそう。<br />
　身を寄せ合う人達を暖めている火の輝き。そこから視線を外し、空にある無数の輝きを見た。<br />
　真っ暗な空にある、小さいけれど、闇の存在を忘れさせてくれる光。<br />
「……カヤ」<br />
　どこかで、同じようにこの小さな輝きを見ているかもしれない片割れの名を、呟く。<br />
　翳む視界。滲んできたものを乱暴に拭うとコウは丘を下っていった。<br />
　夜闇に邪魔をされて進む先はよく見えなかったが、闇を退ける輝きを見たくなくて、コウは先を急ぐ。火の暖かさを思い出して踏み止まってしまう前にと、チャムのいた村から離れていく。<br />
　一歩、進むごとにカヤへと近づくのだと信じて、コウは暗闇に包まれている道を進んでいく。<br />
　どこかで空に輝く小さな光を見ているカヤに会うため、コウは進み続けた。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/4/">長編小説</a>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>渫木　真　　ＳＡＲＡＧＩ　ＳＩＮ</name>
        </author>
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    <id>usseki.blog.shinobi.jp://entry/29</id>
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    <published>2008-10-11T17:33:37+09:00</published> 
    <updated>2008-10-11T17:33:37+09:00</updated> 
    <category term="長編小説" label="長編小説" />
    <title>燈　－　二</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　自分が今、どこにいるのか……まったくわからない。<br />
　ただ、目の前の煌びやかな衣服に身を包んだ者についていくことしかできない。ココにいる女の人達の衣服はどれも目を瞠るような鮮やかだけれど、自分の前を歩く者の装いは、それらとはまた違った彩りで、篝火のゆらめきに合わせて、きらきらと輝いていた。<br />
「ここよ」<br />
　チャムは、一度振り返ると垂れ下がる布地を押し上げ、賑やかな家に入っていった。<br />
「なんだい、その子供は」<br />
　入った瞬間、嗅いだことのない匂いに包まれて身体をふらつかせていると、棘のある声に呼び止められた。声のした方へ目を向けた途端、視界が白くなり、鼻を突く匂いが広がる。<br />
　髪を高く結いまとめた女が、コウに鋭い視線を投げかけてくる。片手で頭を支え、身体を投げ出している女は、コウからチャムへと、その鋭い目を動かす。<br />
「弟」<br />
　不快を顕にした視線を平然と受け止め、そう答えたチャムの横顔を、コウは凝視する。<br />
　――弟。<br />
　その言葉はカヤしか使わないもので、けれど言葉を作れなかったカヤからは聞けなかった言葉だ。それを今、チャムに言われて……こそばゆさと、わけのわからない痛みを感じた。<br />
　チャムの横顔が、篝火の光に浮かび上がり、真っ白な肌に自然と目がいく。<br />
　村でからかわれていた白い肌。夜に包まれる今、どんな鮮やかで煌びやかな衣服よりも映えて、綺麗だと、ぼんやりとコウは思った。<br />
「なんだってぇ、弟ォ？」<br />
　チャムの告げた言葉に、億劫に身体を起こして、女はコウを見る。足の先から頭の天辺まで、値踏みするように見、そして鼻を鳴らした。<br />
「ま、いいさ。……けど、リョウジュ様の機嫌を損ねないでくれよ」<br />
　そういうと、女は細い筒を口に咥えて、煙を吐き出した。<br />
　ゆるりと流れる煙は、吸い込むと喉が痛み、コウは何度か咳をする。<br />
「コウ、こっち」<br />
「う、うん」<br />
　家の奥へと続く細長い床には小さな火が灯られて明るかったが、水底のように暗く沈んだ空気が漂っている。ぼんやりと足元を照らす光は、却って漂う闇を意識させる。コウは知らず腕をさすった。<br />
　チャムを追って行儀よく並べられた板を歩いていくと、囁きが聞こえた。<br />
「いいわね。やっぱり金鳳花(きんぽうげ)と言われるだけあるわぁ」<br />
「ほんと、いいね。輝かしい先を約束された金鳳花の恩恵にあやかりたい」<br />
　ひそひそと、囁かれる言葉。小さい声だけど、思わず足を止めてしまう。そうしたら、チャムに腕をひかれた。<br />
「こっち」<br />
「え……あ、うん」<br />
　チャムにも聞こえたはずだが、そんな素振りは窺えず「早く」と促がされる。コウは止めていた足を動かした。<br />
　薄板で作られた引戸を閉め、腰を落ち着かせると改めてコウとチャムは互いを見た。<br />
「久しぶりだね、コウ」<br />
「……久しぶり、チャム」<br />
　小さな灯火が、二人の姿をほのかに照らす。チャムは、村でよく見た笑みを浮かべていた。<br />
　ヌシ様に遣えているはずの、チャム。〝迷子〟になって、帰ってこなかった者は、ヌシ様に遣えていると――――村では信じられている。<br />
　――でも、<br />
　それは違うと、コウは知ってしまった。<br />
「なんだかチャム、大きくなったね」<br />
　村から見なくなったチャムと今目の前にいるチャムは違っていて、コウはそのことを思ったままに口にする。<br />
「いやだ、コウ。女にそんな風に言うもンじゃないよ」<br />
　チャムはコウの頬をかるく抓って、笑う。<br />
「でも、まぁ……確かに成長したからね。背も、随分大きくなった」<br />
　たくさんのものを食べるようになったから、とチャムは肩を抱く。<br />
　チャムの動きを無意識に目で追っていたのに気づき、コウは慌てて目を逸らした。チャムは確かにチャムだけれど、やっぱり変わった。背も高くなったけれど、何と言えばいいのか、全身からまあるい、やわらかい印象を受ける。<br />
「まず着替えなよ、コウ」<br />
「あ、うん」<br />
　チャムから渡された衣服は裾が長くて膝より下にあるものだった。足にからみついてきて邪魔だったので、帯に裾を押し込んで脱いだ足覆いの布を穿こうとしたら「こら！」とチャムに頭を叩かれ、チャムによってちゃんと着せされた。<br />
　脱いだ衣服は泥と埃で汚れて、洗おうと手にしたらかしゃり、音が鳴った。<br />
「あ…」<br />
　忘れてたと、コウは皮袋を手にする。<br />
「なぁに、それは」<br />
「これは――」<br />
　どうやって説明すればいいのかわからなかったから、袋の口を開けて、中に入れたものを広げた。<br />
　擦り切れた皮袋から転がり落ちてきたものに、チャムは目を剥き、ほぅと、息を吐く。<br />
「すごいね、コウ」<br />
「何が？」<br />
「何がって…」<br />
　首を傾げるコウにチャムは呆れたように笑う。コウが床に広げた物は、小さいながらも、どれも手の込んだ細工物だった。しかもすべてに宝玉が使用されている。ココに来てから得た知識でどこまで本物を見分けているか判らないけれど、手間をかけて作られたことは見て取れる。<br />
「だって、この髪飾り。滅多に手に入らない珊瑚でできているよ」<br />
　転がり落ちた細工物の一つを指差して言うチャムに「そうなんだ」とまた首を傾げたコウにチャムは眉を顰めた。<br />
「コウ、髪飾りもそうだし、櫛、耳飾り、首飾り、玉……すべてを貨幣に換えようとしたら、ここら一帯を治めるリョウジュ様でも無理なのよ」<br />
「そう、なの……？」<br />
　さっきから耳にする、リョウジュ様とは何なのかと疑問に思うコウに、チャムは息を吐き、つるりとした光を放つ箱を取り出すと、コウの前に置き、蓋を開けた。<br />
「コウ、これが貨幣。よく見て」<br />
　冷たくて丸いものと貝殻を掌に落とされる。湖でも貝は採れたけれど、綺麗な光をはじく貝は初めて見る。<br />
「貨幣？」<br />
「この辺りでよく使われる貨幣はこの貝。塩辛い水が波打つところで獲れるもの」<br />
　チャムは、コウの掌にあるもう一つの貨幣を手にする。<br />
「そして、こっちは人間が作ったものだけれど、これはどこでも使えるものなの。都市で作られたものだからね。　……貨幣があれば、何でも手に入る。何よりも必要なものだよ」<br />
「何よりも？」<br />
「そうだよ。たくさんあればあるほど、生きていくのに困らない。貨幣があれば、食べるのに困らないのよ」<br />
　チャムの言うことに、コウは戸惑った。<br />
　生きていくのに困らない――――けれど、生きていくためには、糧を得なければならない。糧を得るために起きた時から眠りにつくまで動く。糧を得る為に湖で漁をしたり、漁をする為の道具を作ったり、捕った魚や藻類を保存したりした。自分の家ではさらに土を耕し、杜の中に入って木の実を採った。いつもいつも終わることなく続く、あたり前のコトなのに、貨幣というものはそれをしなくてもいいと、チャムは言う。<br />
　――ヘンなの。<br />
　実感が持てず、コウは散らばる細工物の一つを指先ではじいた。<br />
「コウが持っているのはね。たくさんの貨幣と引き換えにできる価値があるの」<br />
「価値……」<br />
　その意味がわかるまで、これらを見せてはいけないと、言われた。<br />
　――でも、チャムだし。<br />
　コウは、チャムが興味を示したと思った、赤子の頬のような石がついた髪飾りを渡す。<br />
「はい」<br />
「何？」<br />
　掌に置かれた髪飾りに、チャムは眉を寄せる。<br />
「だって、これがあればチャムは嬉しいんでしょう？」<br />
「コウ……」<br />
　何の打算もなく、笑って言うコウに――チャムは、口を引き結ぶとコウと真っ直ぐ向き合う。<br />
「コウ、よく聞いて」<br />
　突然硬くなったチャムの声音に、何度もまたたきながらコウはチャムを見た。<br />
「自分の物をむやみにあげちゃダメ」<br />
「どうして？」<br />
「どうしてって……」<br />
　チャムは、しばらく黙った。<br />
「どうして、あたしにくれようと思った？」<br />
「え、チャムがすごいって言ったから……だからかな？　喜んでくれると思って」<br />
「喜ばないんだよ。他人(ヒト)は」<br />
　チャムは、口の端を微かに震わせてコウに言った。<br />
「……チャム？」<br />
　夜なのに、明るすぎるせいなのか。チャムの目が、異様な輝きを放ったように見えた。<br />
「自分のないものを持っているとわかると、嫉むの。例え分け与えられても、喜ぶ素振りをするだけ。もっともっと……嫉む。だから、むやみに自分の物を手放してはダメだよ」<br />
　そう言って、渡した髪飾りをコウの手に置いくと、チャムは両手で包んだ。<br />
　チャムは、よく相手の手を包み込む。その時の、チャムのやわらかな手の感触が、自分は好きだ。けれど、トギシュは顔を真っ赤にしてすぐにチャムの手を振り払っていた。顔を真っ赤にして、チャムに怒鳴り、後で落ち込んでいた。<br />
「でも村では――」<br />
　口から零れた言葉に、コウは身体を強張らせた。<br />
「コウ？」<br />
「何でも、ない」<br />
　無意識に、思ってしまった。<br />
　――もう、関係ない。<br />
　村について、思うことなど何もない。なのに、思い出した。<br />
　悔しさに唇を引き結ぶと、チャムが、ぽつりと語った。<br />
「村はね」<br />
　コウの肩が、大きく揺れる。<br />
　村について、何も聞きたくない。聞きたくなかったけど、チャムの声音が優しかったから、コウはつめていた息を吐き出し、チャムの言葉に耳を傾けた。<br />
「村は何にもなかったけれど、たくさんのものをみんなで作り出していた。何もなかったから、みんなで生きようとした……けど、違うんだよ」<br />
「何が？」<br />
　チャムは、笑みを浮かべた唇を動かそうとして――引き戸の向こう側から聞こえた足音に、すぅっと顔から表情をなくした。<br />
　戸が開けられ、コウは後ろを振り返る。引戸にもたれかかる女の人と、目があった。<br />
「あまり、似ていない弟ね」<br />
　ゆっくりと話しながら足を進め、コウの前に屈み「弟……なのかねェ」と言う。<br />
「胡蝶姉さん」<br />
「その名はもう意味を持たないんだから。あたしはヨタだよ」<br />
「……」<br />
「ほんの一時の美しさでしかない胡蝶より強く美しく、そして加護の意味を含む名をリョウジュ様から与えられた金鳳花。アナタの方が、うんと美しいんだよ……遠慮せず、ヨタって呼んで？」<br />
「ヨタ、姉さん」<br />
　戸惑いながらチャムが言うと、ヨタという女の人は、口の端を吊り上げた。<br />
「ふふふ……この界隈はリョウジュ様のもとへとゆく、金鳳花の手腕にかかっている。いや、この界隈だけじゃあない。道を辿る者達が集まってくるこの村はここら一帯を治めるリョウジュ様のものといって過言ではないんだから」<br />
　わかるね、と念を押すように言うヨタに、チャムはゆっくりと目を閉じると「期待は、裏切らないですよ」と言った。<br />
「頼もしいねぇ」<br />
　ヨタは、目を細めると、チャムの頬に口をつけた。<br />
「期待してるよ」<br />
　すぐに離れた唇は、口角が大きく吊り上がっていて、とても印象に残る笑みにコウはまたたきを忘れて、ヨタがチャムから遠ざかっていくのを見ていた。<br />
　裾を翻して薄暗い廊下にまぎれていく女の人の背中を見るコウの耳に――――。<br />
「性悪女」<br />
　聞こえた声。投げかけられる言葉が、耳に入り込んでくる。<br />
　ヨタと、自分を呼べといった女の人の後ろに隠れるようにしていた人達が、チャムにむかって、言う。<br />
　灯火の光が届かなくて、女達は、闇の塊に見える。<br />
「リョウジュ様の目に適った途端、一人部屋を割り当てられたばかりが、自由に動き回って……冗談じゃないっ」<br />
「あれほど面倒をみてやったのに、自分に風が来た途端、あたしらを馬鹿にして！」<br />
「ナニが、金鳳花さ！」<br />
　何を言っているかわからなかったけれど、チャムを悪くいっているのだけは、よくわかった。<br />
　チャムは、何も応えず、じぃっと目を凝らしていた。見ている先を追うと、廊下の奥に消えていった女の人を追っているのかと思った。けど、何も見ていないのだとわかると、チャムに何か言いたいと思った。<br />
「チャム……」<br />
　女の人達が去ったのを見届けたチャムは、開け放たれたままの戸をゆっくりと閉め、大きく息を吐いた。<br />
「チャム」<br />
　何か言いたいけれど、何を言えばいいのかわらなず、コウはチャムの名を呼ぶことしかできなかった。<br />
「チャム、あの……」<br />
　顔をあげ、すくりと立ち上がると、チャムは窓の方へ歩いていく。手がだせるだけ細さに区切られている窓から夜空を見上げるチャムに呼びかけるけれど、チャムは何の反応も返してこない。<br />
　揺れる灯火にあわせて揺れ動く光が、空を見上げるチャムの横顔を陰らす。<br />
「コウ」<br />
　不安定な光の中、浮かんでは消えるチャムの白い顔を見ていたら、不意に名前を呼ばれて、コウは驚き、上擦った声で返事した。<br />
「見て、月がでた」<br />
「え…あ、月？」<br />
「ほら」<br />
　水の香りが、鼻を擽る。<br />
　目を凝らして見ると、月の回りがきらきらと光っている。夜を輝かす月明かりとは違って、彩りを持った光が回りに散っている。<br />
「雨、降ったんだ」<br />
　雲は見当たらないけれど、水を含んだ空気と月の光をはじく濡れた光景が、知らぬ間に通り過ぎた雨を教えてくる。<br />
　漂う水の気配に、思い出しそうになった。果てがないと謂われるほどに広くて、澄んだ輝きを放つ湖……そして、湖に纏ろうモノを思い出しそうになって、コウは俯き、唇を噛んだ。<br />
「霽月(せいげつ)……綺麗だね」<br />
　震える吐息を聞かれない様に吐き出していると、チャムの楽しげな声がした。<br />
「なぁに……、それ？」<br />
「今の月のこと」<br />
　顔をあげたコウの目を覗き込み、歌うようにチャムは言う。<br />
「雨が、天の汚れを洗い流したから、一点の曇りもない月の美しさを見れるのよ」<br />
　コウは、月を見た。<br />
　闇に覆われる空を包みこむように光る月は清涼とした空気を生み、チャムの言った言葉の響きに納得できる。<br />
「綺麗な言葉だね。どこで覚えたの？」<br />
　月を眺めるチャムの横顔に、コウは矢継ぎに聞く。ココに来てから聞き慣れない言葉を耳にする。理解しようとしても、音の響きだけを残すだけだ。<br />
「さっきから言われているリョウジュ様って？　チャムは、何で金鳳花って呼ばれるの？」<br />
「……」<br />
　チャムは、黙って月を見ていた。<br />
　月明かりに浮ぶチャムの白い肌。<br />
　夜闇から浮かび上がる肌は、……肌自体が光っているように思えた。<br />
　青白くさえ見える肌に不安になって、チャムを呼ぼうとしたら「コウ」と先に呼ばれた。<br />
「今からでかけるの」<br />
　振り向いたチャムは、よく目にした笑みを浮かべた。<br />
「一緒に行かない？」<br />
「…うん」<br />
「決まりね」<br />
　チャムは、コウの手を取ると立ち上がらせた。<br />
「どこへ行くの、チャム」<br />
　部屋をでて、裏手に向かうチャムにコウは聞いた。<br />
「界隈の外れに、崩れかけた屋敷があるの」<br />
　この界隈を太陽の輝きから隠すようにそびえる山。山の麓には大きな屋敷があった。いつの頃からあったのか。来るものを拒まないココの懐の深さを敬うように建てられたとも、ヒトならぬものが住んでいたとも謂われていたが、屋敷はすでに忘れられ、もう近付く者はいない。<br />
「そこへ行くの」<br />
　冷えた蒸し芋と果物を籠に入れ、チャムは裏口から出る。<br />
　どうしてそこに行くのかと思ったけど、自分がついてくるのを待っているのを見て、コウは急いで履物を足に固定した。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/30/">三へ</a>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>渫木　真　　ＳＡＲＡＧＩ　ＳＩＮ</name>
        </author>
  </entry>
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    <id>usseki.blog.shinobi.jp://entry/28</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://usseki.blog.shinobi.jp/%E9%95%B7%E7%B7%A8%E5%B0%8F%E8%AA%AC/%E7%87%88%E3%80%80%EF%BC%8D%E3%80%80%E4%B8%80" />
    <published>2008-10-11T17:31:15+09:00</published> 
    <updated>2008-10-11T17:31:15+09:00</updated> 
    <category term="長編小説" label="長編小説" />
    <title>燈　－　一</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
「……すごい」<br />
　その言葉しか、でてこない。<br />
　道行く人の、その多さに驚き、圧倒されてコウは呆然と佇んだ。<br />
　いくつもの坂を歩き続けた。そして傾斜が少しずつ緩くなると空を覆う緑も薄くなり、少しずつ風景が変わっていった。<br />
　土を耕す人達を見た時、緑の領域を抜けたのだとわかった。<br />
　行く手を邪魔した木々は遠くに群がっていて、広げた大地に踏み固められた土が筋になって伸びている。<br />
　どこに続いているかわからない道。けれど、進むしかないと、踏み出す。どこに行けばいいかわからない。だから、ひたすらに歩いた。歩いて、歩いて、そして自分と同じように歩く人影があることに気づいた。<br />
　ぽつりぽつりとだった人影が、進むごとに増え、気づけば人影の進む方へと曳かれるように歩き、たくさんの人がひしめきあうこの場所へ着いた。<br />
「周りが、よく見えない」<br />
　ひしめきあう人間が壁になっている。忙しなく動くたくさんの足が土埃を巻き上げ、もうもうと空に向かって立ち上がっている。それがよけいに視界を悪くする。<br />
　身体を押され、コウは倒れそうになる。どこともなく現れる人が押してきて、足をとめていられない。<br />
　周りが黄ばんで見えるほどの土埃に、口の中がざらつく。<br />
　ドン、と誰かとぶつかり衝撃によろめく。ひしめく人、人人人。<br />
　慣れぬ空気に、どう息をすればいいのかわからなくて、口元を何度も拭っていると――視界の片隅で動いたものに、コウは目を剥く。<br />
　――あれ、は……。<br />
　足が止まり、誰かと肩がぶつかって怒鳴られたが、聞こえなかった。たくさんの、人。見たことのない人の集まりの中で、一つだけはっきりと捉えることができる影。<br />
　――あの箱、あの箱だ！<br />
　間違えるはずない。<br />
　リャンがつめられた。<br />
　人間をつめこめるだけの大きさと頑丈さがある箱は、よく目立つ。<br />
「待――」<br />
　箱を背負う影が、人の波に呑まれていく。<br />
「待て！」<br />
　行く手を遮る人を掻き分ける。押されたり押し返したり、力任せに進み、カゴを背負う影を追う。<br />
「どいて、どけって……！」<br />
　迫ってくる人、人人人――カゴを背負う影との距離は縮まることなく、やがて人込みにまぎれていった。<br />
「…あ」<br />
　見失ってしまった。<br />
　――見つけた、のに。<br />
　手がかりを、カヤを見つけるための手がかりだったのに、見失ってしまった。<br />
　一気に力が抜けて、佇んでいると強く肩がひかれて、よろける。<br />
「おい、ボウズ！」<br />
　首周りの衣服をつかんで、顔半分を髭で覆った男が顔を近づけてきた。<br />
　突然のことに目を見開いたコウに、威嚇するよう歯を見せた男の息が、頬にかかる。<br />
「ココは、お前にははぇよ」<br />
　男が辺りを見回した後、にたりと不揃いの歯をむき出して笑った。<br />
「え…」<br />
　何を言われたのかわからず、やけに近くにある男の顔を困惑して見ていると、二の腕を撫でられた。<br />
　息を呑んで触れてくる手を辿ると、細身の男がへぇっとため息混じりの声をだすのが聞こえる。<br />
「餓鬼とはいえ、結構鍛えてんな」<br />
　無遠慮に触れてくる手。<br />
　ねっとり、掌を押し付けるようにして触れる男は、嘗め回すように見てきて、背筋に冷たいものが走った。<br />
「……っ」<br />
　反射的に動かした手が、髭面の男のこめかみを叩き、手が離れた。首の圧迫が無くなったと同時に腕を撫でまわす細身の男の鼻柱に拳をいれた。<br />
　蹲る男らを横目に、コウは駆け出す。<br />
　がなる声が聞こえたが、周りの騒々しさにすぐ聞こえなくなった。身体を走った悪寒を振り払いたくて走り続け、息が乱れ苦しくなった頃、ようやく足を止めた。<br />
　息を整え、顔をあげ――目の前に広がる光景に、コウは乱れた息を整えることも忘れて、あんぐりと口を開けた。<br />
　周りは、とても明るかった。<br />
　太陽が沈み始め、影との境がわからなっているはずなのに、ココは眩しいほど、明るい。一定間隔に灯されている火が爛々と光を生み、見たことのない光景を浮かび上がらせる。<br />
　ひしめきあう人はさっきより多い。けれど、夜闇に包まれるはずの刻があまりにも賑やかで、コウは夢見心地の思いで辺りを見渡す。<br />
　篝火に照らされる家々の前には鮮やかな衣服を纏った女の人達が道行く男に声をかけている。<br />
　ゆらめく火の光に照らされる家々の中にも、見たことのない彩りを纏った女の人達がいる。その一人と、目が合った。<br />
　目の下に赤い色彩(いろ)をひいた女の人。<br />
　すぅっと細められた目に浮んだ光に、何故だろうか。背筋を走った衝撃に、コウは逃げるように歩き出した。<br />
　真っ暗なはずの夜を照らす灯りに目が眩む。振り切るように足を進めたら――――。<br />
「コウ！」<br />
　名を、呼ばれた。<br />
　コウは、足を止める。<br />
　名を、呼ばれた。確かに……呼ばれた。<br />
　荒い息が耳を擽って、うるさい。けど、確かに聞こえた。<br />
　こんなところで、自分の名を言う人はいない。いるわけない。<br />
　そう否定しても、足が縫い付けられたように動かなくなった。その場に立ち尽くすコウの顔を、篝火が浮かびあがらせる。<br />
　夜闇を掃うように灯される火。けれど、天から落ちてくる闇を掃うことなど出来ない。振り払われた闇は、光の届かぬトコロに転がり落ち、より闇を深めている。<br />
　その暗闇の中から発せられた声。コウの立つ場所からは、凝縮した闇しか見えない。声の主はわからなかった。けれど、「やっぱり」と嬉しさが滲んだ声が聞こえてきた。<br />
　まばたくことを忘れて声の聞こえる方を見ていると、白い足首が、すぅ…と、現れる。続く鮮やかな衣服に包まれた身体と、そして。<br />
「コウ、久しぶりだね」<br />
「え？」<br />
　見開いたコウの目に映るのは、よく知る人だ。<br />
　信じられない思いで、コウは、名を呼んだ。<br />
「……チャム」<br />
　呼ぶとチャムは、小さく笑った。<br />
　村でよく見た表情(かお)だった。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/29/">二へ</a>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>渫木　真　　ＳＡＲＡＧＩ　ＳＩＮ</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>usseki.blog.shinobi.jp://entry/27</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://usseki.blog.shinobi.jp/%E9%95%B7%E7%B7%A8%E5%B0%8F%E8%AA%AC/%20%E7%BF%81%E5%AA%BC%E3%80%80%EF%BC%8D%E3%80%80%E4%BA%94" />
    <published>2008-10-11T17:26:51+09:00</published> 
    <updated>2008-10-11T17:26:51+09:00</updated> 
    <category term="長編小説" label="長編小説" />
    <title> 翁媼　－　五</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　コウは天井を見上げた。<br />
「わかる訳、ないか」<br />
　家にいた時、こうやって天井を見上げて天道の知らせから時を計った。家の作りが違うココに天道の知らせがないのは当たり前なのだが、わかっていてもつい、見上げてしまう。でも、天道の知らせでわかるのは、太陽の光が満ちている時の区分だ。自分が知りたいこととは、違う。<br />
「どれぐらい、経ったのかな」<br />
　ココに来て、随分経つ。<br />
　凍えるほどの寒さは感じなくなった。肌を刺す冷たさに指先がささくれ、ひび割れることが何度もあった。なかなか直らず血が滲むことのあった、あの痛みは思い出すだけで顔を顰めてしまう。けれど、今は流れる風の心地よさに身を委ねたくなってしまうほど、暖かい。<br />
　セシュンとの稽古は相変わらずだけど、いつまで防げるものかと、ぼやくのを聞いた。自信は持てないけれど、きっと上達しているのだろう。刀の扱いの他に、体術も教わって、軽やかに動くことも覚えた。<br />
　旅をするのなら覚えるべきだと、フサから薬草や山菜の見分け方を教えてもらい、それらを使って食事を作れるようになった。<br />
　――そろそろ、だ。<br />
　コウは、空を見上げながら思った。だから、セシュンもフサも一人になる時間を与えているのだろう。ココを発つ時がきたのだと、気づかせる為に…………。<br />
　切り開かれた空間だけに広がる空は高くて、眩しかった。<br />
　太陽が昇る前から始めていた稽古は、今日はない。<br />
　光の気配で目覚めた自分に、フサは肉の入った汁物と山芋を練った団子を用意してくれた。精がつくと言っていた。<br />
「……」<br />
　セシュンの姿は、ない。きっと、奥の部屋にいるんだろう。<br />
　流れ込んできた風が、頬を撫でた。<br />
　ざぁっと、木の葉が裏返っていく。<br />
　いつも閉じられている戸はすべて外されていて、家の奥まで光が届く。風に揺れる木々がよく見えた。葉をひるがえし、光を転がしている。<br />
　――水面、みたいだ。<br />
　思い浮かんだ風景に、コウは目を閉じる。<br />
　頬を撫でる風には、いろいろな気配を感じられる。土の匂いと木の香り。鳥の声も、聞こえてくる。リンに這入ったばかりの時は纏わりつくすべてが嫌で、たまらなかった。でも、今はリンに存在する命の息吹を、受け止められるようになった。心地よいと思えるようになった。<br />
　コウはおもむろに立ち上がり、擦り切れた衣服を繕うフサの邪魔をしないよう、移動して戸をそっと開けた。一針一針を集中して縫っていくフサの、その真剣な眼差しが……カヤの面差しを思い起した。<br />
　音をたてずに戸を閉めると、自分の荷を確認する。<br />
　乾物は、村を発った時に比べて減っている。この先どれだけ歩くかわからない道筋に不安を覚えるけど、すぐその考えを打ち消した。<br />
「今の今まで、食べるのに困らなかった」<br />
　あたたかな食事を持てたんだからと、コウは荷袋の紐を結んだ。<br />
「水は、どうしようか」<br />
　水を入れる筒を見て、眉を顰める。<br />
　この筒では足りなくなる。リンに這入って三日で、水がなくなってしまった。フサに会えなかったら、今の自分はいない。<br />
「大きなものを、作ろうか」<br />
　小ぶりの鉈を持っているから、作ることは簡単だ。小川からそれなければ水はいつでも汲める。<br />
「うん、そうしよう」<br />
　自分のやるべきことを定めると、布に包んだ刀を腰に括りつけ、荷袋を担ぎ、戸を開けた。そして、端座するフサに迎えられた。<br />
「行くのですね」<br />
「はい」<br />
　コウは、即座に答えた。躊躇のない、真っ直ぐなコウの目を見てフサは「どうぞ」とコウへ包みと竹の筒を差し出した。筒は、充分な水を蓄えておける大きさだった。<br />
「小川から離れる時、汲んで下さい」<br />
　器の代わりになるほど大きい葉に包まれているのは、今朝食べた芋団子だった。<br />
「芋団子は二日もちますよ。二日目は固いからよく噛んで下さいね」<br />
「いろいろ、ありがとうございました」<br />
　渡されたそれらを胸に押し当てて、コウは礼を言う。<br />
「それは、わたくしが言うべきことです」<br />
「え…」<br />
　幼子のようにはにかみ、フサはつぃっと視線を外に向けた。コウもフサに倣って緑の溢れる空間を見る。<br />
「芽吹いた緑が光を浴びて深みを増しました。とても綺麗な深緑……暑く厳しい季節がはじまります」<br />
「季節？」<br />
「月の姿が日々変わるように、廻る太陽に合わせて巡る季節があります」<br />
「巡る、季節」<br />
「場所によって季節は表情を変えます。けれど、春は芽吹き、夏は燃え、秋は豊かに実り、冬は命を休息に誘っていきます」<br />
「……不思議な、約束です」<br />
「約束、ですか」<br />
　フサは、きょとりとコウを見た後、嬉しそうに笑った。<br />
「そうですね。そうです、約束です」<br />
　その通りですねと、輝く緑へと目を向けた。<br />
「待ち遠しく、いとしい約束です」<br />
　巡り巡ってゆく季節の中で、現れては消えてゆく命の鼓動。<br />
　獲れる魚や決められた時に催される行事でしか移り変わりを知りようがなかった。でも、もしかしたら杜やリンへ足を踏み入れていたカヤは、細かな変化を、季節というものを見ていたのかもしれない。<br />
「――カヤ」<br />
　聞きたいことがたくさんある。話したいことがたくさんある。<br />
　腰を上げると、「達者で、過ごして下さい」とフサが見計らったように言った。<br />
　悲しさとは無縁の目に見つめられる。<br />
　コウは胸をはり、姿勢を正した。<br />
「ありがとうございました」<br />
　深く頭を下げて、コウはフサに別れを告げる。こうやって頭を下げると、村ではからかわれたけど、フサは穏やかに微笑んだ。<br />
　コウの姿が、木々の影に紛れてわからなくなった頃、奥の部屋からセシュンがでてきた。<br />
「行きましたね」<br />
「そうだな」<br />
　煌めく深緑を眩しそうに見つめて、フサは言う。<br />
「あの子……ココにいる間に、言葉が変わりましたね」<br />
　同意を求めるように言われ、セシュンは片眉を跳ね上げ、コウが消えていった方を見つめた。<br />
「小生意気な子供だった」<br />
　鼻を鳴らしてセシュンは言うが、フサは「変わりましたよ」と、笑った。<br />
　息子達と同じだと、フサは胸の内で呟く。<br />
　父親から戦術を習っていた子供達は知らぬ間に所作や仕種、そして言葉遣いまでも父親から学んでいた。気づけば厳しくて怖くて嫌いだと文句をつけていた相手とそっくりになっていて、そしてそのことに気づいていないのに、笑ってしまったのだ。<br />
「何を、やっていたのか」<br />
「はい？」<br />
　空を見つめるセシュンの横顔をフサは見た。<br />
　空を見上げたまま、セシュンはフサに尋ねた。<br />
「護ってきた地を離れて、どれほど経った？」<br />
「さぁ……長いようで、短くて」<br />
　セシュンは、大きく息を吐き出した。<br />
「儂の我が儘で、長く時間を無駄にしてしまったな」<br />
　晴れ渡った空に、吸い込まれていく息は重たかったが、それを吐き出した本人は光に満ちた空に映えている。セシュンの、その姿を見てフサはひっそりと笑い「楽しいですよ」と言った。<br />
　切り開かれているこの空間だけに広がる空を見続け「コウが、言っておった」と、ぽつり、セシュンは言った。<br />
「村にある水はココのように清らかだが、色彩があったと――深い深い色彩だそうだ」<br />
　組んだ腕をとき、それぞれ膝の上に置いて大きく息を吐く。<br />
「深く美しい彩りの湖を遠くから望むと、空を宿して輝くのが見えるそうだ。天にしかないはずの空の色彩が、地上に落ちているようだと……淋しそうに、そう言っておったわ」<br />
　コウの想いに、知らず自分の淋しさ懐かしさを重ねているセシュンに、フサは声をかける。<br />
「旦那様」<br />
　セシュンが、フサを見る。<br />
　武者としてあった頃よりも、強くて優しい目を見つめ、フサは言う。<br />
「旦那様の、なさりたいように」<br />
「……」<br />
　しばらく押し黙った後、セシュンはつぃっとフサから目を外した。<br />
「空は、もっと広くて大きいそうだ」<br />
　切り開いた空間にある空は高くて眩しいが、限りがある。セシュンは目を伏せ「忘れておったわ……」と笑った。<br />
　フサは微笑み返すと、光の溢れる空を見つめた。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/4/">長編小説へ</a>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>渫木　真　　ＳＡＲＡＧＩ　ＳＩＮ</name>
        </author>
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    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://usseki.blog.shinobi.jp/%E9%95%B7%E7%B7%A8%E5%B0%8F%E8%AA%AC/%20%E7%BF%81%E5%AA%BC%E3%80%80%EF%BC%8D%E3%80%80%E5%9B%9B" />
    <published>2008-10-11T17:23:52+09:00</published> 
    <updated>2008-10-11T17:23:52+09:00</updated> 
    <category term="長編小説" label="長編小説" />
    <title> 翁媼　－　四</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　朝霧に包まれるリンに、高らかな音が響き渡る。<br />
　木霊する音を聞きながら木刀を持ち直したら、切っ先が幹にあたり、乾いた音を発した。<br />
「しまっ――」<br />
　迂闊さを後悔しても遅い。鋭い一振りが身を潜めていた自分を襲ってくる。咄嗟に仰け反り、刃筋から胸部を逸らすと、体勢を立て直した。<br />
　無意識に動いた身体の状態を確認しながら、対峙するセシュンの動向を窺う。<br />
　ここは、最初に稽古を始めた場所と違って足場はしっかりしている。身を隠す木立や繁みが多いから攻め方次第で、自分が勝つことができる。<br />
　コウは足裏に力を込め、間合いをつめていくと、勢いよく踏み込んだ。<br />
　真横から切り上げるように仕掛けるが防がれ、弾かれる。<br />
　木刀のぶつかりあう音がリンに木霊する。<br />
　仕掛けた刀が弾かれても、反動を利用して刃の軌道を変え、身体を動かし、コウはもう一度仕掛けた。<br />
　その素早い判断に、セシュンは受け流すのを諦め、受け止めた。<br />
　衝撃音と振動が空気を震わせる。<br />
　じん、と痺れが腕を伝ってきたけど、それは次に繋げるための刺激になる。柄を握り込む手にさらに力を入れようと、コウは身体を前のめりにした。<br />
「待て」<br />
　セシュンがコウの手を摑み、骨と骨の繋ぎ目に指の腹を押し付け少し捻ったら、コウの手から木刀が滑り落ちた。<br />
「う…、え？」<br />
　セシュンの行動にも驚いたが、あまりにも簡単に、自分の意志とは関係なく力が無くなってしまってコウは何度もまばたいた。<br />
　目を白黒させるコウの手を離し、セシュンは「木の柔和さが、今の芸当を可能にした」と言った。刃を持たぬから、どんな時でも攻撃する姿勢が持てるのだと、ぶぅんと木刀で空を切る。<br />
「次を算段して攻撃をしかけるのはやめよ」<br />
　風が鳴ったかと思ったら、首筋に木刀が触れていた。<br />
「一瞬で……最初の一振りで決めるつもりで仕掛ける。その意気込みが大切だ。何よりも、必要なのだ」<br />
　食い込むよう木刀をあてられ、コウは背筋が凍るのを感じた。<br />
　――もし、これが刀だったら……。<br />
　首筋に触れる木刀から逃げるように離れると、落ちた木刀を拾い、そのまま構えた。先程感じた怯えを封じるようにセシュンを睨む。<br />
「だいぶ、身体を動かせるようになった。あとは、気構えだ」<br />
　コウの眼光を受け止め、セシュンは木刀を構えた。<br />
「今の、その気持ちを忘れるな」<br />
　コウの眼光を弾き返すよう構えられた木刀が、コウに襲い掛かる。<br />
　何度も攻撃を繰り返したけれど、受け流されるか止められ、セシュンに木刀が届くことはなかった。<br />
　撃ち込む事に囚われ、力んで動きが固くなったと、セシュンに休憩をとるよう言われる。<br />
　身体についた土埃と枯葉を掃いながら、自分の至らなさに落ち込んでいるとセシュンが声をかけてきた。<br />
「コウよ。あの刀を、揮うのか」<br />
　言われたコトの意味をよく考え、｢必要なら｣とコウは答える。<br />
「貴方もそのつもりで、扱い方を教えてくれる」<br />
「……そうだ」<br />
　だが――と、セシュンはコウを見据える。<br />
　真っ直ぐ、自分に向けられる真摯さにコウはセシュンと向き合った。じっと、見据えられる。<br />
「刀は、物事を大きく変えてしまうチカラだ。チカラは様々な姿形となって在るが……武具と成ったチカラは、命そのものを損ねる」<br />
　その眼差しの強さに、コウは怯んだ。<br />
「覚えておけ。チカラを持つということは、己を少しずつ殺していくことだ。だが……刀の封印を切る瞬間(とき)、己が生きることのみ考えよ」<br />
　セシュンの気魄に、コウはビリビリと、何かが肌の表面を走っていくのを感じた。息をするのを忘れて力強く言われるコトに耳を傾ける。<br />
「生きることを、思え。それだけを強く思え」<br />
　揺らぐことなく言われる言葉に、コウは頷く。<br />
「その時を迎えぬことを願うがな……」<br />
　その言葉を口にした時のセシュンの表情に、コウはフサを思い出した。セシュンが自分を否定するようになったと言った、フサの淋しそうな顔が……。<br />
「どうして、ですか？」<br />
「何がだ」<br />
「アナタは刀を揮うことを自らに課したと聞きました。なのに、どうして……そんな風に言うのか、わからない」<br />
　コウの澄んだ目を見て、セシュンは顎鬚を撫でた。<br />
「シュンナは、息子だ」<br />
「え…」<br />
　稽古の最中に言われた名。セシュンからまた聞くとは思わなかった。<br />
「戦でなくした。もう一人、サジュンがいた」<br />
　刀だけ限らずいろいろな武具の扱いに長け、胸をはって戦に赴いたと、フサと同じように二人のことを話した。<br />
「息子達が帰らなくなっても……儂は武者として役目を果たした。それが、息子達への弔いと己に言い聞かせて、ひたすらに立ち向かう相手を斬りふしてきた。だがな――息子達と同じ年頃の者を斬って……」<br />
　セシュンは片手で目を覆い、俯いた。<br />
「その時、息子を斬ったと思った」<br />
　しばらく押し黙った後、セシュンは、ぽつりと言った。<br />
「まだまだ、これから生きていくはずの、幼さを残す者の最期の息遣いを耳にして、儂は初めて自分の持つ刀の重さを知った」<br />
　顔をだした太陽が、朝霧に濡れるリンを照らす。きらきら、きらきら、光が踊る。木刀が、刀そのもののようだった。木から形どったものなのに、朝露に濡れて光をはじく木刀が刃を持つ刀に見えて、思わずコウは目を背けた。<br />
　美しいとさえ思える刀の煌きは、人を傷つけるというコトを思い出した。<br />
「武者としての務めを、疑ったことはない……一度もな。だが、もう刀を持つことができなくなってしまった」<br />
　傍らに置いた木刀をじっと見つめる。<br />
「武者として刀を揮い、散っていった息子達の、生まれ育った地を護りたいと語っていた息子達の心を無にせぬと誓ったのに……怖くなった」<br />
　人の命を絶ってしまうチカラが、とセシュンは深く息を吐いた。<br />
「息子達にしてやれぬことが何一つなくなった。それでも儂は、泣けなんだ」<br />
　セシュンは、苦笑する。<br />
「一粒の涙を流さぬ父親を持って、さぞ悔しいだろうよ」<br />
「……」<br />
　泣いていると、思った。目を細め、遠くを見つめるセシュンの背中は物憂げで、自分と立ち向かった姿からは想像できないほどに儚くて、きらきら輝くリンに呑み込まれてしまいそうな淡い輪郭だった。。<br />
『ただ……傍にいることが優しさとなって相手を癒すのです』<br />
　フサの言葉が、よぎる。<br />
『そう、信じています』<br />
　この先何があろうと、生きている限りついていくのだと笑ったフサ。<br />
　その時浮かべた表情を思い出す。淋しそうだけれど、とても優しくて……言い表すのが難しい顔で、フサは言ったのだ。<br />
「貴方は、父親です」<br />
　気づけば、そう言っていた。どうしてそんなことを言ったのか困惑していると、悲愴にに沈むセシュンと目が合って、思わず声を張り上げた。<br />
「貴方がどう思っても、父親です。……子供にとって、唯一の」<br />
　セシュンは瞠目し、しばらく押し黙った。そして、息を吐き出しながら一言、呟いた。<br />
「そうか……」<br />
　生まれたばかりの光の中、セシュンが幽かに笑ったのが見えた。<br />
　セシュンの、その表情に――コウはあたたかさが沁みていくのを感じた。勢いで言ってしまったことに後悔したけど、でもフサと同じ表情を浮かべたセシュンは優しい人だと、そう思った。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/27/">五へ</a>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>渫木　真　　ＳＡＲＡＧＩ　ＳＩＮ</name>
        </author>
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    <published>2008-10-11T17:21:03+09:00</published> 
    <updated>2008-10-11T17:21:03+09:00</updated> 
    <category term="長編小説" label="長編小説" />
    <title> 翁媼　－　三</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[　木々の作り出す薄闇を振り払うように走り、光の満ちる空間に飛び出す。眩しさに目をつむり、大きく息をする。<br />
　降り注ぐ光を受け止めるように両手を広げて呼吸を繰り返していると、打撲したところが痛んで、顔を顰める。セシュンとの稽古の後、木に吊るした薪を打っていた。反動で返ってくる薪を避けつつ、攻撃を繰り返す単純な動作だけれど、打ち込んだ力と同じ勢いで襲いかかってくる薪を避けるのは難しく。薪にやりかえされることのほうが多かった。いくつ痣ができているか、衣服を脱いで確認しようかと思ったけれど、痛みが増しそうな気がしたから止めた。痛む箇所を庇いながら小川の方へ向う。<br />
　鳥たちの戯れる声が、頭上を飛び交っている。<br />
　鳥に限らず、生き物をよく見かけるようになった。ココに来た時は、ぽつんとあるヒトの領域が異物なものに思えたけれど、芽吹いた命から力を得た生き物が、暖かさが増すごとに増えて、最初に抱いたもの悲しい印象はなくなった。輝きを増していく太陽に張り合うよう、日々を謳歌する生き物。萌える草木の息遣い。それらを感じられるようになってから、焦燥感に駆られることがなくなった。<br />
　思う時はある。<br />
　早く、行かなければと自分を急き立てたくなる。<br />
　――でも、まだ……。<br />
　今は、進むことはできない。進み続けるためにも、今はココにいなくてはいけないと、自分に言い聞かせる。<br />
　かさかさと、繁みが動いた。顔を上げると、フサが立っていた。<br />
「痛みますか？」<br />
「いえ、全然…っ」<br />
　小川の中に投げ出していた足を引っ込め、衣服の乱れを直して立つ。急速な動きにずきりと、セシュンに打ち据えられたところが痛んだが、顔にださないようにした。<br />
　一緒に帰りましょうと、フサと家にむかって歩いている時「しごかれていましたね」とフサが言った。<br />
「見てた……いえ、いたのですか？」<br />
　ばつの悪さに顔を俯かせると、頬についた泥がぽろぽろと落ちて、益々恥ずかしくなった。<br />
「ふふ」<br />
　耳を擽った笑い声。<br />
　朗らかな笑顔に見つめられ、戸惑う。<br />
「あの…」<br />
「はい？」<br />
　満面に笑みを浮かべて自分の言葉を待つフサに、困惑する。<br />
「どうして、笑うの……ですか？」<br />
「あら、怒りましたか」<br />
「いいえ！　あの……ただ、不思議に思った――いや、思いました」<br />
　コウの言葉を聞いて、またフサは笑みを零した。<br />
「変わりましたね」<br />
「何が？」<br />
「貴方の顔から陰りがなくなりました」<br />
「え…」<br />
　コウは何度かまたたいた後、両手で自分の顔(かんばせ)を触ってみた。<br />
「心が、乱れなくなりました」<br />
　フサは目をますます細め、「良い顔ですよ」と笑った。<br />
「いい、顔」<br />
　どんな顔をしているんだろうと、コウは指先に集中する。<br />
　――顔なんて、見えない。<br />
　自分ではわからないところを褒められても、むず痒くなって、落ち着かない。ぐいっと、頬を押してみる。乾いた泥がぽろぽろと落ちていった。落ちていく泥の塊を見て、自分がとても汚れているのに初めて気づき、恥ずかしくなった。<br />
「どうぞ」<br />
　フサが塗れた手巾を差し出してきた。いつも、戸口をくぐるとすぐに渡してくれる。汚れた身体を清める用意をしてくれる。綺麗に洗われた手巾に指先についた泥が染みていく。コウは顔を拭い手の泥を拭った。<br />
「桶に水が張ってありますから、足を洗って下さいね」<br />
「はい」<br />
　埃を落として、家に上がる前に汚れた足を洗う。最初、ひどく面倒で厭だったけれど、今は苦にならない。汚れを落として家に上がると、落ち着くようになった。<br />
　どれだけ厳しい指導をセシュンから受けても、そうやって家の中へ入ると、外の出来事とは切り離すことが出来たし、家からでたら稽古に集中することができた。<br />
　――区切りがあるのはいいことだな……。<br />
　綺麗になった足を、ぼんやりと自分の姿を映る床に下ろす。ぼんやりとした輪郭の自分が自分を見つめる。曖昧ではっきりとしないその姿は、自分ではなく同じ容貌を持つ片割れに見えた。<br />
「御飯を頂きましょうか」<br />
　フサの、その一言で始まる食事。空間を満たしていくあたたかくていい匂い。疲れを忘れさせてくれる、一時。<br />
　――カヤ。<br />
　片割れの名を、音にせず呟く。<br />
　食事は、二人で過ごした時間を思い出させる。同時に、今は一人だという現実を知る。悲しくなったけれど、リンにいた時とは違って、ただ命を繋ぐために食べるのではなく火の揺らめきと暖かさを感じながらの食事は、やすらげた。<br />
　カヤも、やすらぐ一時があるようにと願いながら、コウはセシュンとフサと一緒に食事を取った。<br />
　食事が終わると、セシュンはすぐ自室へ行く。寝ているだろうか……。ぴたりと閉じられた扉からは何も窺えない。<br />
　扉に隔てられた部屋の様子はわからない。だから、きっとこちらの様子もわからないと思う。<br />
「あの…」<br />
　だから、聞くのは今だと思った。<br />
「シュンナって、誰ですか？」<br />
　フサは、手を止めた。<br />
「稽古の最中に、シュンナって呼ばれたから……」<br />
　芯が燃えて、フサの手元を照らす灯火が大きく揺れた。火の揺れめきに合わせて動く影がフサの表情を隠す。<br />
「それで今日は稽古が早く終わったんですね」<br />
「はい」<br />
　下段から打ち込んだ木刀をはらわれた勢いで背中から倒れこんだ自分に「何をしている、シュンナ！」と怒鳴られた。リンに響き渡るほどの大きな声で言われた名に、呆然とする自分にセシュンは背中を向け稽古の終了を告げると早足に立ち去っていった。<br />
「息子です」<br />
　フサは目を細めて、戸惑いながら……けれど、どこか懐かしむように話し始める。<br />
「下にもう一人。サジュンがいました」<br />
　過去のことを表す言葉に、コウは口を噤む。<br />
「遠い……、ココから遠くにある土地にいたのです。わたくし達は……本当に、遠い遠いトコロにいました。実りは少ない土地でしたが、金が採れる土地でした」<br />
「きん…って言うのは」<br />
「富をもたらし、そして同じだけ戦を生み出すモノ、人の世を動かす輝きです。良い事も悪い事も、同じだけ起こすモノです」<br />
　それが生まれ育ったところでは採れたと、フサは語った。<br />
「旦那様は、土地を治める守り部様に仕える武者(むしゃ)でした」<br />
　灯火が揺れて、影が動く。<br />
「頭(かしら)として武者の集いをまとめ、皆に慕われていました。名の知れた武者だと、旅する者達から聞きましたが……」<br />
　知っていますか、とフサに問われ、コウは首を横に動かした。<br />
　武者という言葉すら初めて聞いた。<br />
「ごめんなさい」<br />
「いえいえ。そうやって人の気持ちを汲むことのほうがよっぽど大切で知っているべきことです」<br />
　フサは、目元を和らげた。<br />
「息子がいたのです……二人の息子が」<br />
　フサは、どこか遠くを見つめた。<br />
「成人の儀を終え、一人と数えられるようになった息子達は武者として戦に行きました」<br />
　ココではない、どこかを見ながらフサは語る。<br />
「一の息子は三度目の戦から帰ってきませんでした」<br />
　過ぎ去った時を手繰り寄せ、けれど悲しいに呑みこまれてしまわないように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。<br />
「二の息子は初めての戦でした」<br />
「いくさ――」<br />
　前にも聞いた言葉だった。よくわからなかったが、あまりいい思いをするものではない言葉だというのは、わかった。<br />
「戦――決して譲ることのできない両者が争い、抗い、自らの血路をひらいていく、そういうものです」<br />
「……」<br />
　やはり、よくわからない。<br />
　姿勢を正して語られるコトは、真剣に聞くべきことだとはわかるけど、実感が伴わない。<br />
「地の利に恵まれた土地でしたが、長く戦を続ければ土地を守る為に動くことのできないわたくし達は苦戦を強いられることが幾度もありました。激しさの増す戦にでて帰ってこれるかは……誰にもわかりません」<br />
　フサは、瞼を閉じてゆっくりと呼吸をした。<br />
「悲しむことではなかったのです。戦で命を散らすのは誉れ高いことです。自分達の生まれた場所を護ったのです。それに戦に向かう者は、死人(しにびと)として送り出されるのですから……わたくしは、ちゃんと覚悟を持って送り出したのです」<br />
　送り出したはずでしたと、フサは言葉を濁らせた。<br />
「けれど、だめでした」<br />
　頬に落ちる睫の影が、震えていた。<br />
「軀があるわけではなく、ほんの一握りの髪だけを渡されて死んだと伝えられても納得できず、待っていました。息子達が帰ってくると、待って待って、待ち続けて……」<br />
　突然、フサは笑い出した。<br />
　肩が震えていたけれど……おかしくて笑っているようには、見えない。<br />
「わたくしは、自分のことばかり」<br />
　悲しげに笑って、フサは目を伏せる。<br />
「息子らはどこだと……旦那様を責めて、ひどく傷つけてしまいました」<br />
　光が、フサの頬を流れていくのが見えた。<br />
「わかっていたのです。ちゃんと、理解していましたよ。息子達はもう帰ってこないと……ただ、認めたくなかっただけ。変わらずにいる旦那様を見るとその思いは余計強くなってしまいました。いつもと変わらず背筋を正し、毅然と日々を過ごす姿が……無慈悲に思えて、わたくしは息子達が憐れでなりませんでした」<br />
　涙がフサの頬を濡らしていく。<br />
「息子達を求めるわたくしに、旦那様は何も言いませんでした。わたくしの罵言を黙って聞き、愚かに生きるわたくしと日々を過ごしてくれました。そして、いつもと同じように戦にでていき、そんな日々が続くかと思われたのですが……旦那様はお変わりになりました」<br />
　袖で目元を押さえると、フサは背筋を正した。<br />
「いつもと同じです。守り部様を、わたくし達の生きる土地を護る為、戦に行き、帰ってきて……、そして旦那様は、自分を、恥じるようになりました。武者として刀を揮い、守り部様のお役に立つことを誇っていたのに…………ご自分の存在を、否定されました」<br />
　ゆっくり、息を吐きだし「それから、いろいろありました」と、フサはコウに微笑む。<br />
「あの頃では考えられない場所にいるけれど……それでも、わたくしは―――」<br />
　瞼を閉じる。<br />
「なんと言えばいいのでしょう……旦那様が何も言わずにわたくしを受け止めて下さったから、今度はわたくしの番だと、そう思って旦那様と一緒にいました。来るなと、拒まれても……ずっと。各地を放浪して、世俗を避けるようにココへ居を構えました」<br />
　ただ、命を明日へと繋げるために生きている日々。けれど、ココにはそうやって生きるモノ達の存在で溢れていて、自分がその中の一つとして在ると感じたら力が抜けたと、フサは語る。<br />
「ずぅっと張りつめていた心が、ときほぐされました」<br />
　フサは、穏やかに笑っていた。<br />
「ココの静かさは、畏ろしさを私に抱かせた」<br />
　ゆったりと、言う。<br />
「そして、和やかな心を教えてくれた」<br />
「……」<br />
　揺れ動く灯火に浮かぶ横顔には、深い皺があった。けれど、濃い影を顔に描いているそれは、歳月の重みに疲れたものではなかった。積み重なった時間に屈するにことなく、輝いて見える。<br />
　若さは、ただ表面を覆っているだけの薄い力なんだと、内に秘められるフサの力を見て思った。コウはてらてらと自分の肌を光らす灯火から逃げるように身体を動かした。<br />
　芯を焼いた火が微かな音をたてて、揺れる。<br />
　いつまでも顔を見ているのはいけないと、コウは目を伏せたが、フサのやわらかな曲線から伝わってくる優しさが、いつまでも目の奥でちらついていて落ち着かなかった。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
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<br />
<br />
<br />
<a href="http://usseki.blog.shinobi.jp/Entry/26/">四へ</a>]]> 
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            <name>渫木　真　　ＳＡＲＡＧＩ　ＳＩＮ</name>
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